不確実性への適応力:トラウマからの回復を支えるレジリエンスと支援者の心のケア
トラウマからの回復における不確実性への向き合い方
大切な方がトラウマに苦しんでおられるとき、その回復の道のりは決して一直線ではないことを実感されているかもしれません。一歩進んだと思えば、また後戻りしたように感じたり、いつ、どのように回復に向かうのか先が見えず、支援する側も不安や戸惑いを感じることは自然なことです。このような「不確実性」は、トラウマからの回復プロセスにおいて避けがたい要素の一つと言えます。
この不確実な状況の中で、大切な方が困難をしなやかに乗り越え、再び力強く生きる力を育むこと、そして支援する方ご自身が心穏やかに伴走し続けるためには、「不確実性への適応力」であるレジリエンスの理解と実践が鍵となります。この記事では、トラウマからの回復における不確実性の意味を捉え直し、レジリエンスをどのように育むことができるのか、そして支援者ご自身の心のケアについて専門的な視点からお伝えします。
レジリエンスとは何か、不確実性との関係
レジリエンスとは、困難な状況や強いストレスに直面した際に、それを乗り越え、適応し、立ち直る心のしなやかさや回復力のことです。単に元の状態に戻るだけでなく、困難な経験を通じて成長する力も含まれます。
トラウマからの回復においては、フラッシュバック、感情の波、身体的な不調など、予測できない出来事が起こり得ます。また、回復のペースや道のりも人それぞれ異なり、標準的なロードマップが存在するわけではありません。このような「先の見えない」不確実な状況に直面した際に、過度な絶望に囚われず、現実を受け止めつつ、自分や大切な人の内にある回復力を信じ、柔軟に対応していく力がレジリエンスです。
不確実性そのものを消し去ることは難しいですが、不確実な状況の中でも心の安定を保ち、希望を見出すための考え方や具体的な行動を身につけることは可能です。これは、トラウマを抱えるご本人だけでなく、その回復を支える方々にとっても重要なレジリエンスの側面と言えるでしょう。
大切な人の不確実性への適応力をサポートするアプローチ
大切な方が不確実な回復プロセスと向き合う上で、支援者ができる具体的なサポートがあります。
1. コントロールできることとできないことの区別を促す
トラウマ体験そのものや、それによって生じる症状の発生をコントロールすることは困難です。しかし、「今、何を食べるか」「いつ休息するか」「誰に話を聞いてもらうか」など、自分自身で選択し、コントロールできる小さなことは必ず存在します。大切な方が、コントロールできないことに囚われすぎず、今できること、自分で決められる小さな事柄に目を向けられるよう、穏やかに促すことが有効です。
2. 小さな目標設定と達成をサポートする
先の見えない大きな回復という目標だけを見据えると、不確実性に圧倒されやすくなります。その代わり、今日一日をどう過ごすか、この数時間で何をしてみるかなど、現実的で達成可能な小さな目標を設定し、その達成を共に喜ぶことが大切です。小さな成功体験は、自己効力感を高め、不確実な中でも前に進む力を育みます。
3. 「今、ここ」に焦点を当てる練習を促す
未来の不安や過去の出来事に心がとらわれやすいとき、現在の瞬間に意識を向ける練習は、不確実性からくる動揺を和らげる助けとなります。呼吸に意識を向けたり、五感で感じられるもの(例:肌に触れる空気、聞こえる音、見える景色)に注意を向けたりする「グラウンディング」や「マインドフルネス」の簡単な実践を一緒に試してみることも有効かもしれません。
4. 柔軟な思考を育む
回復への道のりが計画通りに進まないとき、「うまくいかない」「やはり自分はダメだ」といった否定的な考えに固執しやすくなります。一つの考え方に固執せず、「今はうまくいかなくても、別の方法があるかもしれない」「少し時間がかかるだけかもしれない」といったように、複数の可能性を考える柔軟な思考を促すことが、不確実性への適応力を高めます。
5. 回復プロセスの一進一退を受け入れる姿勢を示す
回復は常に上向きに進むものではありません。良い日もあれば、そうでない日もあります。この波があることを理解し、後退したように見えるときも、それを否定的に捉えすぎず、「回復プロセスの一部である」と受け止める姿勢を支援者自身が持つことが、大切な方にとって安心感につながります。「今は大変な時期かもしれないけれど、これも回復の過程だよ」といった共感的な言葉かけが力になります。
6. 専門家のサポートを共に検討する
不確実性が高い状況で、どのように進めば良いか分からない場合、専門家(医師、心理士、カウンセラーなど)は貴重な情報源となり、具体的なアドバイスや治療法を提供してくれます。専門家の存在は、不確実な状況における「確実な」サポートの一つと言えます。共に相談に行くことや、情報収集をサポートすることも大切な支援です。
支援者自身の不確実性への向き合い方とセルフケア
大切な人の回復プロセスにおける不確実性は、支援者自身の心にも大きな負担をかけます。「いつまでこの状況が続くのだろうか」「自分の対応は本当に合っているのだろうか」といった不安は、燃え尽きや共感疲労につながる可能性があります。支援者が心身ともに健康でい続けるためにも、自身の不確実性への適応力を高め、適切なセルフケアを行うことが不可欠です。
1. 不安や恐れといった感情を認める
先の見えない状況に対する不安や恐れ、いら立ち、無力感など、支援者自身が抱く感情を否定せず、まずはそのまま認めることが大切です。「この状況で不安を感じるのは当然だ」と自分自身に許可を与えてください。感情は抑え込むほどに強くなることがあります。信頼できる人に話を聞いてもらったり、感情を書き出したりすることで、感情を整理し、落ち着きを取り戻す手助けになります。
2. 完璧な支援を目指さない
「自分がなんとかしなければ」「常に適切な対応をしなければ」といった完璧主義的な考えは、不確実性への対応をより困難にします。支援者も一人の人間であり、限界があります。大切な人の回復はご自身の力による部分が大きく、支援者はあくまで「伴走者」であることを意識してください。「十分良い(Good Enough)支援者」を目指すことで、自分自身へのプレッシャーを軽減できます。
3. 自分自身の「コントロール圏」に焦点を当てる
大切な人の回復のペースや、特定の症状の出現を直接コントロールすることはできません。しかし、支援者自身がコントロールできることは数多くあります。例えば、「今日は〇時には寝る」「週に一度は好きな本を読む時間を作る」「困ったときは〇〇さんに相談する」など、自分自身の休息、趣味、人間関係、情報収集といった、コントロール可能な領域に意識的に焦点を当てることで、不確実性からくる無力感を和らげることができます。
4. 安定した日常や休息を確保する
不確実な状況が続くときこそ、自分自身の日常生活に予測可能で安定した時間を取り入れることが重要です。規則正しい生活リズム、十分な睡眠、バランスの取れた食事、適度な運動は、心身の安定の基盤となります。また、罪悪感を感じることなく意識的に休息を取り、リフレッシュする時間を持つことは、支援を続けるためのエネルギーを養います。
5. 他の支援者や専門家とのつながりを活用する
同じような経験を持つ他の家族会に参加したり、支援者向けの相談窓口を利用したりすることも有効です。経験を共有したり、専門家からアドバイスを受けたりすることで、孤立を防ぎ、不確実な状況への対処法について新たな視点を得ることができます。これは、支援者自身のレジリエンスを高める重要な社会的資源です。
まとめ
トラウマからの回復は、不確実性を含む複雑なプロセスです。大切な人の回復を支える上で、この不確実性にどう向き合うかが、ご本人だけでなく支援者自身のウェルビーイングにも大きく影響します。レジリエンスとは、この不確実な状況の中でしなやかさを保ち、希望を見出す力であり、それは決して特別な人だけが持つものではなく、日々の関わりやセルフケアを通じて育むことができる力です。
大切な人の回復をサポートするためには、不確実な状況の中でもコントロールできる小さなことに目を向け、柔軟な思考を持ち、回復の一進一退を受け入れる姿勢を示すことが助けになります。そして何より、支援者ご自身が自身の感情や限界を認め、積極的にセルフケアを行い、安定した日常や休息を確保し、必要な時に外部のサポートを求めることが、長期的に伴走を続ける上で最も重要なことです。
この道のりが容易ではないことを理解しています。しかし、不確実性の中でも、希望の光は必ず存在します。焦らず、一歩ずつ、そして支援するご自身の心も大切にしながら、共に歩んでいくことが、トラウマからの回復へとつながる確かな一歩となるでしょう。