トラウマからの歩き方

トラウマからの回復における「認知的柔軟性」の育み方:思考の偏りに気づき、レジリエンスを高めるサポートと支援者のセルフケア

Tags: 認知的柔軟性, レジリエンス, サポート, セルフケア, 思考の偏り

トラウマは、私たちの心や思考に大きな影響を与えることがあります。大切なご家族やご友人がトラウマに苦しんでいるのをご覧になり、どうすれば良いのか、適切なサポートができるのかと不安を感じていらっしゃるかもしれません。特に、考え方が凝り固まってしまったり、同じ思考パターンを繰り返してしまったりする様子に、どのように寄り添えば良いのか悩むこともあるでしょう。

この記事では、トラウマからの回復を支える上で非常に重要な要素の一つである「認知的柔軟性」について、それがなぜ大切なのか、どのように育むことができるのかを専門的な知見に基づきながら、分かりやすくご説明いたします。そして、支援者として大切な人をサポートするための具体的な方法と、ご自身の心を守るためのセルフケアについても触れてまいります。

認知的柔軟性とは何か、なぜトラウマからの回復に重要なのか

認知的柔軟性とは、状況に応じて考え方や視点を切り替えたり、問題解決のために多様なアプローチを考えたりする能力のことです。物事を一つの側面だけでなく、様々な角度から見ることができる心のしなやかさとも言えます。

トラウマを経験すると、脳や心の働きが変化し、しばしば認知的柔軟性が低下することがあります。これは、身の安全を守るために、危険を素早く察知したり、特定の思考パターンに固執したりすることが適応的となる場合があるためです。しかし、安全な状況になってもそのパターンが続くと、以下のような形で思考に偏りが生じやすくなります。

これらの思考の偏りは、現実を正確に認識することを妨げ、不必要な不安や恐怖、絶望感を強めてしまう可能性があります。

一方、認知的柔軟性が高い状態にあると、困難な状況に直面しても、「これは一時的なものかもしれない」「別の方法を試してみよう」「この経験から何か学べることはないか」といったように、多様な視点や解釈を持つことができます。これにより、問題解決の糸口を見つけやすくなり、感情を調整し、変化に適応する力が向上します。この能力こそが、トラウマからの回復プロセスにおいて、困難を乗り越え、再び希望を持って歩みを進めるための重要なレジリエンス因子となるのです。

大切な人の認知的柔軟性を育むための具体的なサポート方法

大切な人がトラウマによる思考の偏りに苦しんでいる場合、直接的に「考え方が間違っている」と指摘するのではなく、穏やかで受容的な姿勢で寄り添うことが非常に重要です。以下に、認知的柔軟性を育むための具体的なサポートのヒントをいくつかご紹介します。

  1. 思考の偏りに「気づく」ことを促す:

    • 決めつけや極端な表現(「いつも〜だ」「絶対に〜ない」など)に優しく問いかけを挟む:「いつもそうなると思うのは、どういう時かな?」「絶対にうまくいかないって感じるのは、どんな理由からだろう?」
    • 感情と思考を切り離す練習を促す:「〜だと考えると、どんな気持ちになる?」「その考えは、今の気持ちにどう影響しているかな?」
    • 日記やジャーナリングを勧める:自分の思考パターンを客観的に観察する機会となります。
  2. 別の視点や選択肢を穏やかに提示する:

    • 「もし、この状況を別の人が見たら、どう感じるかな?」「他にも考えられることはあるかな?」といった問いかけ。
    • 過去の成功体験や困難を乗り越えた経験に触れる:「前にも似たような大変なことがあったけれど、あの時はどうやって乗り越えたんだっけ?」
    • 一緒に多様な情報源に触れる:本や映画、他の人の体験談などを通して、様々な考え方や生き方に触れる機会を作る。
  3. 完璧主義を手放し、不確実性を受け入れる練習をサポートする:

    • 完璧でなくても良いことを伝える:「少しずつで大丈夫だよ」「まずはここまでやってみようか」
    • 結果だけでなく、プロセスや努力を承認する:小さな一歩や挑戦を肯定的に評価します。
    • 「〜でなければならない」といった固定的なルールに縛られていないか、一緒に考えてみる。
  4. 思考から離れ、感覚や行動に注意を向けることを促す:

    • マインドフルネスや呼吸法を一緒に試す:今この瞬間の身体感覚や環境に注意を向けることで、思考のループから一時的に離れることができます。
    • 簡単な運動や散歩を促す:体を動かすことは、思考をリフレッシュする効果があります。
    • 五感を使った活動を提案する:美味しいものを食べる、自然に触れる、音楽を聴くなど、感覚を刺激する活動は、過剰な思考から意識をそらすのに役立ちます。

これらのサポートは、あくまで大切な人が自ら気づき、選択するための手助けであるべきです。答えを押し付けたり、考えを否定したりすることは避けてください。忍耐強く、共に探求する姿勢が大切です。

支援者自身のセルフケアとしての認知的柔軟性

支援者として大切な人に寄り添う中で、ご自身も精神的な負担を感じたり、特定の思考パターンに囚われてしまったりすることがあります。「自分が完璧にサポートしなければ」「何とか早く回復させなければ」といった考えは、時に支援者自身を追い詰める可能性があります。ここで、支援者自身の認知的柔軟性が重要になります。

  1. ご自身の思考パターンに気づく:

    • 支援する中でどのような考えが繰り返し浮かぶか、それは現実に基づいているか、あるいは「〜すべき」といった固い考えではないか、内省してみましょう。
    • ご自身の感情(不安、焦り、怒り、無力感など)に気づき、その感情がどのような思考と結びついているか観察してみましょう。
  2. 「うまくいかないこと」や「失敗」を別の視点から見る:

    • サポートが期待通りに進まなかったとしても、それは「失敗」なのでしょうか? そこから何を学べたか、別の方法は考えられないか、視点を切り替えてみましょう。
    • ご自身にも限界があることを認め、「できること」「できないこと」を柔軟に区別することも大切です。
  3. ご自身のニーズに対する認知的柔軟性を持つ:

    • 「休んではいけない」「自分が頑張らなければ」といった思考に囚われていないか確認しましょう。
    • 休息を取ること、誰かに相談すること、支援以外の時間を持つことを、ご自身のエネルギーを回復させ、より良いサポートを継続するために必要なことだと柔軟に捉え直しましょう。
  4. 多様なセルフケアの方法を試す柔軟性:

    • 一つのセルフケア方法にこだわらず、ご自身の気分や状況に合わせて様々な方法(休息、趣味、運動、友人との交流、専門家への相談など)を柔軟に試してみましょう。

ご自身の認知的柔軟性を高めることは、支援者としての燃え尽き(バーンアウト)を防ぎ、心の健康を維持するために不可欠です。ご自身が柔軟な思考を持つことで、大切な人へのサポートにおいても、より多様で効果的なアプローチを考えられるようになるでしょう。

専門機関との連携の重要性

トラウマからの回復には、専門的な知識やスキルが必要となる場合が多くあります。大切な人の思考の偏りが強い場合や、ご自身のサポートに限界を感じる場合には、専門機関(精神科医、臨床心理士、カウンセラーなど)に相談することも非常に重要です。

専門家は、認知行動療法(CBT)や認知処理療法(CPT)など、認知的柔軟性を高めるための専門的なアプローチを提供できます。また、トラウマの影響による思考の偏りは、うつ病や不安障害といった他の精神疾患と関連している場合もあります。専門家のアドバイスや治療は、回復を力強く後押ししてくれるでしょう。

支援者の方も、ご自身の負担について専門家や支援機関に相談することができます。一人で抱え込まず、外部のリソースを柔軟に活用することを検討してみてください。

まとめ:しなやかな心で、共に回復への道を歩む

トラウマからの回復は、一朝一夕に進むものではありません。そして、その道のりは決して一直線ではありません。思考の偏りや困難に直面することもあるでしょう。しかし、認知的柔軟性を育むことは、そうした困難をしなやかに乗り越え、変化に適応し、希望を見出すための力となります。

大切な人が認知的柔軟性を育むプロセスを、焦らず、根気強くサポートしてください。様々な視点や可能性を一緒に探求し、小さな変化や気づきを肯定的に捉え、共に喜び合う経験を積み重ねてください。

そして、支援者であるご自身も、ご自身の心に認知的柔軟性を持って寄り添うことを忘れないでください。ご自身の思考の偏りに気づき、自分を追い詰めすぎず、多様なセルフケアを取り入れながら、心身の健康を大切にしてください。

認知的柔軟性は、回復の道のりを歩む上で、大切な人も支援者も共に育てていくことができる力です。専門家の力を借りることも視野に入れながら、しなやかな心で、希望を持って回復への道を歩んでいきましょう。この記事が、大切な方を支える皆様の一助となれば幸いです。