トラウマからの回復を支えるグラウンディング:心身の安定を取り戻す具体的な方法と支援者の役割・セルフケア
大切な方がトラウマによる心身の不安定さで苦しんでいるとき、どのように寄り添えば良いのか、ご自身の不安や負担をどうケアすれば良いのか、お悩みになることがあるかもしれません。心身の安定を取り戻すための具体的なアプローチの一つに、「グラウンディング」があります。これは、トラウマからの回復過程で、レジリエンスを高めるために有効な方法と考えられています。
グラウンディングとは何か
グラウンディング(Grounding)とは、「今、ここ」の現実世界に意識を集中させることで、不安定になった心や体を落ち着かせるための技法です。「地に足をつける」という言葉のように、解離(現実感が薄れること)や強い不安、フラッシュバックといったトラウマ反応によって引き起こされる心身の混乱から抜け出し、現在の安全な状況に意識を戻すことを目的としています。
トラウマ体験は、過去の出来事であるにも関わらず、まるで今起きているかのように感じられたり、体や心に強い反応を引き起こしたりすることがあります。グラウンディングは、こうした圧倒されるような感覚から一時的に距離を置き、現在の安定した自分自身と周囲の環境に意識を戻す手助けとなります。これは、感情の波に飲み込まれそうになったり、過去の記憶に囚われたりしやすい状況において、自己調整能力を高めるレジリエンス因子の一つとして機能します。
トラウマからの回復におけるグラウンディングの効果
グラウンディングを実践することで、トラウマからの回復においていくつかの肯定的な効果が期待できます。
- 不安やパニックの軽減: 現在の身体感覚や周囲の環境に意識を向けることで、未来への過度な不安や過去への囚われから注意をそらし、落ち着きを取り戻しやすくなります。
- 解離状態への対処: 現実感が薄れている状態から、「今、ここ」の具体的な感覚に焦点を当てることで、現実とのつながりを取り戻す手助けとなります。
- 感情の調整: 圧倒されそうな強い感情(恐怖、怒り、悲しみなど)から距離を置き、感情に流されずに客観的に観察する機会を与えてくれます。
- 自己調整能力の向上: 自身の心身の状態を把握し、意識的に安定を取り戻す経験を重ねることで、ストレスや困難に対する自己対処能力が高まります。
- 安全感の構築: 現在の自分が物理的に安全な場所にいることを再認識することで、内的な安全感を育む一助となります。
これらの効果は、レジリエンス因子である「自己調整能力」や「身体感覚への気づき」、「感情調整スキル」を育むことにつながり、トラウマからの回復の道のりを支える力となります。
具体的なグラウンディングの方法
グラウンディングには様々な方法がありますが、ここでは代表的なものをいくつかご紹介します。大切な方にご提案する際や、ご自身のセルフケアとして実践する際のご参考にしてください。
1. 身体感覚に意識を向ける
- 足の裏の感覚: 椅子に座っている場合は足の裏が床に触れている感覚、立っている場合は地面を踏みしめている感覚に意識を集中します。重み、温度、硬さなどを感じ取ります。
- 呼吸に意識を向ける: 息を吸うときのお腹や胸の膨らみ、吐くときのしぼみ、鼻を通る空気の温度などを静かに観察します。呼吸をコントロールしようとせず、ただ「観察する」ことがポイントです。
- 体の重み: 椅子に座っている場合は体が座面に支えられている感覚、立っている場合は地球に引っ張られている重力などを感じます。
2. 五感を使う
- 視覚(見る): 周囲を見回し、目に見えるものを5つ数えたり、それぞれのものの色や形を具体的に描写したりします。
- 触覚(触れる): 手で肌や服の生地、持っているものなどを触り、その感触(滑らかさ、粗さ、温度など)に意識を向けます。
- 聴覚(聴く): 今聞こえている音を4つ数えたり、それぞれの音がどこから聞こえるか、どのような音かを注意深く聴いたりします(車の音、鳥の声、時計の音など)。
- 嗅覚(嗅ぐ): 今嗅ぐことのできる匂いを3つ見つけ、意識を向けます(コーヒーの匂い、花の香り、石鹸の匂いなど)。
- 味覚(味わう): 口の中に広がる味に意識を向けます。もし飲み物があればゆっくりと味わってみるのも良い方法です。
これらの五感を使う方法の組み合わせとして、「5-4-3-2-1メソッド」があります。見えるものを5つ、触れるものを4つ、聞こえるものを3つ、嗅げるものを2つ、味わえるものを1つ、順番に見つけながら意識を集中させる方法です。
3. 動きを取り入れる
- 歩く: ゆっくりと意識的に一歩ずつ地面を踏みしめる感覚を感じながら歩きます。
- 軽く体を揺らす: 座ったまま、または立ったままで、心地よい範囲でゆっくりと体を前後に揺らしたり、左右に揺らしたりします。
- 手や足を動かす: 指を曲げ伸ばししたり、足首を回したりと、体の小さな動きに意識を向けます。
4. 安全な場所をイメージする
心の中で、自分が完全にリラックスでき、安全だと感じられる場所(実際の場所でも想像上の場所でも良い)を詳細にイメージします。その場所の色、音、匂い、触感などを具体的に思い描くことで、心地よさと安心感を得ることができます。
大切な人へのグラウンディングの提案とサポート
大切な方がグラウンディングを試みる際に、支援者としてどのように関われば良いでしょうか。
- 無理強いしない: グラウンディングは万能薬ではなく、全ての人に合うわけではありません。また、心身が非常に不安定な時には、かえって難しく感じられることもあります。あくまで一つの選択肢として、優しく提案することが大切です。
- 一緒に試してみる: 「こんな方法があるみたいだよ、一緒にやってみない?」と誘ってみることで、ハードルが下がりやすくなります。支援者が実際にやって見せることも有効です。
- 安全な環境で見守る: グラウンディングを試みている間、ただそばにいて、安心できる空間を提供します。言葉をかけすぎず、必要に応じてサポートする姿勢を示します。
- 具体的な方法を確認する: どのような方法があるか、短い時間でできる方法、場所を選ばない方法など、いくつか紹介し、その方が取り組みやすそうなものを一緒に見つける手助けをします。
- 専門家との連携: グラウンディングは専門的な治療の補助として非常に有効です。主治医やカウンセラーと相談しながら取り入れることで、より安全かつ効果的に実践できます。専門家の指導の下で行うことを検討されている場合は、その情報を適切に伝えることも重要です。
支援者のためのグラウンディングとセルフケア
大切な人をサポートする過程で、支援者ご自身も精神的な負担を感じたり、共感疲労を経験したりすることがあります。支援者が自身の心身の安定を保つことは、サポートを継続するためにも不可欠です。グラウンディングは、支援者自身のセルフケアとしても非常に有効なツールです。
- 自身の心身の状態に気づく: 大切な方の苦しみに寄り添う中で、ご自身の不安や緊張が高まっていることに気づくことが第一歩です。
- グラウンディングを実践する: 緊張を感じたり、疲労を感じたりしたとき、短い時間でも良いのでグラウンディングを実践してみてください。例えば、座っている椅子にお尻が触れている感覚に意識を向けたり、数回の呼吸を丁寧に観察したりするだけでも効果があります。
- 日常的に取り入れる: 困難な状況にある時だけでなく、普段からグラウンディングの練習をしておくことで、いざという時に自然に使えるようになります。歯磨き中や通勤中など、日常生活の隙間時間に取り入れることも可能です。
- 境界線を保つ: グラウンディングによって「今、ここ」に意識を戻すことは、大切な方の苦しみとご自身の感情との間に適切な境界線を設ける手助けにもなります。
支援者がご自身の心身をケアし、安定を保つことは、大切な方へのサポートの質を高めることにもつながります。ご自身のレジリエンスを高めるためにも、グラウンディングをセルフケアのツールとして活用されてください。
まとめ
グラウンディングは、トラウマからの回復過程において、心身の安定を取り戻し、レジリエンスを高めるための具体的な方法です。大切な方が不安定な状態にある時に安心感を与える手助けとなるだけでなく、支援者自身のセルフケアとしても非常に有効です。
グラウンディングを実践する際には、無理なく、ご自身や大切な方に合った方法を見つけることが大切です。焦らず、小さな一歩から試してみてください。心身の安定を取り戻すことは、回復への道を歩む上で重要な基盤となります。必要に応じて専門家のサポートも活用しながら、穏やかな歩みを続けていくことを願っております。