トラウマからの歩き方

「境界線」は回復を共に歩む上でなぜ大切か?:支援者の心を守り、適切なサポートを続けるために

Tags: 境界線, サポート, セルフケア, レジリエンス, トラウマ回復

大切なご家族など、身近な方がトラウマに苦しんでいるとき、支えになりたいと強く願うお気持ちは、尊いものです。しかし、どのように接すれば良いのか、適切なサポートができているのかと不安を感じたり、支援を続ける中でご自身の心が疲れてしまったりすることもあるかもしれません。

トラウマからの回復の道のりは、決して平坦ではなく、時間のかかる場合もあります。その過程で、支援する側が自分自身の心を守り、燃え尽きずに、そして大切な人との関係性を健全に保つために、非常に重要となるのが「境界線」の設定です。

サポートにおける「境界線」とは何か

心理的な境界線とは、自分自身と他者との間の心理的な距離や範囲を区別するものです。これは、物理的な空間だけでなく、感情、思考、責任、時間など、様々な側面に及びます。

トラウマからの回復をサポートする文脈において、健全な境界線とは、相手を尊重し寄り添いながらも、相手の感情や問題をすべて自分自身のものとして引き受けすぎないための区切りと言えます。これは、相手を冷たく突き放すことではなく、むしろお互いが健全な関係を維持し、支援が持続可能であるために不可欠な考え方です。

なぜサポートにおける境界線が大切なのか

健全な境界線は、支援する側と支援される側の双方にとって、多くの利点をもたらします。

まず、支援する側にとっては、共感疲労や燃え尽き(バーンアウト)を防ぐために不可欠です。大切な人の苦しみに寄り添うことは重要ですが、その苦しみを自分自身のものとして抱え込みすぎると、心身ともに疲弊してしまい、結果として継続的なサポートが困難になります。境界線を明確にすることで、相手の感情に共感しつつも、感情的に巻き込まれすぎることを避けられます。

次に、支援される側にとっても、境界線は彼ら自身の回復とレジリエンス(困難から立ち直る力)を育む上で重要です。支援者がすべてを肩代わりしてしまうのではなく、適切な線引きをすることで、被支援者自身が自身の問題に向き合い、解決する力を養う機会が生まれます。これは、自立への一歩を促し、自己効力感(自分で問題を解決できるという感覚)を高めることに繋がります。

また、健全な境界線は、支援者と被支援者の関係性をより対等で、互いを尊重するものに保ちます。一方が過度に依存したり、他方が過度に犠牲になったりする関係性を避け、お互いを一人の人間として尊重し合う関係を築く基盤となります。

健全な境界線を設定するための具体的なステップとヒント

境界線を設定することは、練習が必要なスキルです。ここでは、具体的なステップとヒントをご紹介します。

  1. 自分自身の感情と限界に気づく(セルフアウェアネス): まず、自分がどのような時に疲労を感じやすいのか、どのような時に過剰に責任を感じてしまうのかなど、自身の感情やエネルギーレベルの変化に意識を向けてみましょう。イライラする、常に心配している、眠れないなどのサインは、境界線が曖昧になっている可能性を示唆しています。

  2. 「できること」と「できないこと」を明確にする: 自分ができるサポートの範囲と、できないことを自分の中で明確に定義します。例えば、「話を聞く時間は確保できるが、常に四六時中対応することは難しい」、「経済的な援助はできない」、「専門的な治療や判断はできない」などです。これは、決して冷たいことではなく、自分が提供できるリソースを適切に管理するための大切なステップです。

  3. 「ノー」と言う勇気を持つ、そして伝える: できないことや、自身の限界を超える要求に対して、穏やかかつ明確に「ノー」と伝える練習をします。伝え方が難しい場合は、「今は少し難しいですが、別の方法を一緒に考えましょうか」や、「その件については私には専門知識がないので、専門機関に相談してみるのが良いかもしれませんね」のように、代替案を示唆することも有効です。

  4. 物理的・時間的な境界線を設定する: サポートに充てる時間や頻度を決めます。例えば、「夜10時以降は連絡を取らない」、「週に一度、一緒に散歩する時間を作る」など、具体的なルールを設けることで、自身の休息時間を確保できます。また、個人的な空間やプライバシーを尊重することも物理的な境界線の一部です。

  5. 感情的な境界線を設定する: 相手の感情に寄り添いつつも、その感情に飲み込まれないように意識します。相手の苦しみを理解しようと努めることは大切ですが、相手のネガティブな感情や怒りを個人的な攻撃として受け止めたり、自分が何とかしなければと一人で抱え込んだりしないようにします。共感と同一化は異なります。

  6. 過度な責任感を手放す: 大切な人のトラウマからの回復は、最終的にはその人自身のプロセスです。支援者はその道のりを「共に歩む」伴走者であり、すべての責任を負う必要はありません。「私がもっとこうしていれば」「私のせいで」といった考えは、過度な責任感からくるものです。自分にできる最善を尽くした後は、結果をコントロールできない部分があることを受け入れましょう。

境界線設定がレジリエンスにどう繋がるか

健全な境界線の設定は、支援者自身のレジリエンスを高める行為そのものです。自分の心身の健康を守り、ストレスに対処する能力を向上させることは、レジリエンスの中核をなす要素です。自分自身のニーズを満たし、エネルギーを充電することで、困難な状況にもしなやかに対応できるようになります。

また、支援者が自分自身の境界線を明確にすることは、被支援者に対しても、自分自身の境界線を尊重することの重要性を示すことになります。これは、被支援者が自身の尊厳や自己肯定感を育む上で、間接的ながらも重要な影響を与えうるものです。

セルフケアとしての境界線

境界線の設定は、単なるテクニックではなく、支援者にとって最も重要なセルフケアの一つです。自分自身のエネルギーや感情の資源は有限であり、それを枯渇させてしまうと、長期的なサポートは不可能になります。境界線を守ることは、自分自身への優しさであり、同時に、大切な人への継続的なサポートを可能にするための賢明な選択なのです。

定期的に、ご自身の心身の状態をチェックし、必要であれば休憩を取る、信頼できる人に話を聞いてもらう、趣味の時間を確保するなど、意図的にセルフケアのための時間を設けてください。境界線の設定とセルフケアは表裏一体であり、どちらも持続可能なサポートには欠かせません。

専門機関との連携も視野に入れる

自分だけで抱え込まず、専門機関のサポートを借りることも、健全な境界線を維持し、より適切な支援を行う上で非常に有効です。医療機関、カウンセリング施設、自助グループなど、利用できるリソースは複数存在します。これらの専門機関に相談することも、境界線を明確にするための一つの方法であり、「私にはできないこと」を専門家に委ねることで、自身の負担を軽減できます。

まとめ

大切な人のトラウマからの回復をサポートする道のりは、時に難しく、多くのエネルギーを要します。しかし、健全な「境界線」を設定し、ご自身の心身を大切にすることで、共倒れすることなく、温かく、しかし過度に干渉しすぎない、持続可能なサポートを提供することが可能になります。

境界線は、冷たい壁ではなく、お互いを尊重し、健全な関係性を育むための見えないフレームワークです。ご自身の心に耳を傾け、できることから少しずつ境界線を意識してみてください。それが、あなた自身のレジリエンスを高め、大切な人が自身の力で回復の道を歩むことをサポートするための、力強い一歩となるはずです。