回復の停滞や後退にどう寄り添うか:トラウマからの歩みを支えるレジリエンスと支援者のセルフケア
トラウマからの回復の道のりは、しばしば一直線ではなく、波があるものです。前に進んでいると感じる時もあれば、停滞しているように感じたり、あるいは後退したように思えたりすることもあるかもしれません。大切な方がそのような時期を過ごされているのを見るのは、サポートする方にとっても、辛く、どのように接すれば良いのか分からなくなることがあります。
この記事では、トラウマからの回復期における停滞や後退という状況にどのように向き合い、大切な方をサポートしていくか、そして支援者としてご自身の心身をどのようにケアしていくかに焦点を当てて解説します。レジリエンスを育む視点も交えながら、共にこの困難な時期を乗り越えるためのヒントを提供できれば幸いです。
トラウマからの回復になぜ波があるのか
トラウマは、心と体に深い影響を及ぼします。回復プロセスは、この深い傷つきからの癒しであり、一朝一夕に進むものではありません。回復に波があるのは、いくつかの要因が考えられます。
- トリガー(引き金)の存在: 日常生活の中で、トラウマを想起させるような出来事や感覚(音、匂い、場所、特定の状況など)に触れることがあります。これにより、過去の感情や身体反応が再び活性化され、一時的に症状が悪化したり、不安定になったりすることがあります。
- 心身の自然なリズム: 私たちの心や体には自然なリズムがあります。疲労やストレス、体調の変化なども回復のペースに影響を与えます。
- 新たな課題やストレス: 回復の過程で、新たな人間関係の構築、仕事や学業への復帰など、新しい課題やストレスに直面することがあります。これらが一時的に回復の歩みを緩やかに見せることがあります。
- 感情の処理: 回復が進むにつれて、これまで抑圧されていた感情が表面化することがあります。これは癒しのために必要なプロセスですが、一時的に苦痛を伴うことがあります。
これらの波は、回復が失敗したということではありません。むしろ、傷つきに向き合い、癒しが進んでいる過程で起こりうる自然な反応として理解することが大切です。
停滞や後退にどう寄り添うか:大切な人への具体的なサポート
大切な方が回復の停滞や後退を経験されているとき、支援者としてできることがあります。焦らず、以下のような視点を大切にしてみてください。
- 回復の「波」を受け入れる姿勢を示す: 回復には良い時もあれば、そうでない時もあることを理解している、というメッセージを言葉や態度で示します。「今は少し辛い時期かもしれないけれど、これは回復の一つの過程なんだね」といった受容的な声かけが有効です。
- 評価せず、ただ存在すること: 「なぜ良くならないの?」「前はもっとできていたのに」といった評価や期待は避けてください。ただそばにいて、話を聞く準備があることを示します。黙って一緒に時間を過ごすだけでも、大きな安心感を与えることがあります。
- 小さな変化や努力に目を向ける: 大きな進歩が見られない時でも、ほんの小さな前向きな変化や、困難な中で本人が行っている努力(例えば、朝起きること、食事をとること、少し散歩に出ることなど)を見つけ、具体的に言葉にして伝えます。「今日はここまでできたんだね、すごいね」「辛いのに頑張って話してくれてありがとう」といった肯定的なフィードバックは、本人の自己肯定感を支え、レジリエンスを高める力となります。
- 「今」に焦点を当てるサポート: 未来への不安や過去の辛い出来事にとらわれがちな時は、「今、ここで何ができるか」に焦点を当てるサポートが有効です。例えば、一緒に簡単な家事をする、趣味の活動を少しだけ試みる、リラクゼーションの方法を共に行うなど、達成可能な「今」の行動に繋げることで、小さな成功体験を積み重ねる機会を作ることができます。
- 選択肢を共に考える姿勢: 何か問題に直面している場合、支援者が答えを与えるのではなく、「いくつかの選択肢があるとしたら、どんなことが考えられるかな?」と一緒に考え、最終的な決定は本人が行えるよう促します。これは本人の自己効力感(自分でできるという感覚)を育むことに繋がります。
- 専門家との連携を促す: 停滞や後退が長く続く場合や、ご本人や支援者だけで抱えきれないと感じる場合は、遠慮なく専門機関(精神科医、心理士、カウンセラーなど)への相談を検討します。専門家のアドバイスやサポートは、回復の新たな道を開く力となります。必要に応じて、受診や相談の付き添いを提案することも有効です。
停滞・後退期だからこそ育みたいレジリエンスの視点
回復の波の中で停滞や後退を経験することは、つらく感じられますが、同時にレジリエンス(困難から立ち直る力)を育むための重要な機会でもあります。
- 困難の中での学び: この時期に、自身の感情のパターンや、どのような時に調子を崩しやすいかといった、セルフケアのための重要な気づきを得ることがあります。困難な経験自体を、自分自身への理解を深める学びと捉え直す視点は、レジリエンスを高めます。
- 適応力と柔軟性: 回復が計画通りに進まない時、どのように状況を受け入れ、対応を変えていくかという適応力や柔軟性が試されます。硬くなりすぎず、状況に応じてアプローチを調整する能力は、しなやかなレジリエンスの重要な要素です。
- 希望の維持: 状況が思わしくない時でも、「回復は可能である」「この波は一時的なものだ」という希望を持ち続けることは非常に重要です。小さな良い変化に気づくこと、過去の困難を乗り越えた経験を思い出すことなどが、希望を維持する力となります。
支援者として、これらのレジリエンス因子を大切にするよう、そっと促すことができます。焦りを手放し、困難な状況そのものの中に隠された学びや強さの可能性に、大切な人と共に気づいていく視点を持つことができれば、サポートはより深いものになるでしょう。
支援者のセルフケア:共倒れしないために
大切な方の停滞や後退を間近で見ていると、支援者自身も無力感、焦り、疲労を感じやすくなります。共倒れせず、継続的にサポートを提供するためには、支援者自身のセルフケアが不可欠です。
- 自身の感情に気づき、受け止める: 大切な方と同じように、支援者自身も様々な感情を経験します。「どうして良くならないんだろう」「私のサポートが足りないのだろうか」といったネガティブな感情や、疲労感に気づき、それを否定せずに受け止めます。これらの感情は、あなたが一生懸命サポートしている証でもあります。
- 「責任」の範囲を理解する: 回復は、本人の内的なプロセスであり、支援者が「良くさせる」責任を全て負うものではありません。あなたが提供できるのは、あくまでサポートであり、回復の主体はご本人であることを理解し、過度な責任感を手放すことが大切です。
- 休息とリフレッシュを意識的に取る: 疲れを感じたら、意識的に休息を取ります。物理的な休息はもちろん、好きなことに時間を費やしたり、自然の中で過ごしたりするなど、心身がリフレッシュできる時間を持つことが重要です。これは、長期的なサポートのために必要な「充電」です。
- 信頼できる人に話す: 抱え込まず、信頼できる友人、家族、あるいは専門家(カウンセラーやピアサポートグループなど)に、あなたの気持ちや経験を話してみてください。話すことで感情が整理され、孤独感が和らぎます。
- 境界線を設定する: 大切な方との関係性において、適切な境界線を設定することもセルフケアの一部です。全てのリクエストに応じる必要はありませんし、ご自身の時間やエネルギーを守ることも大切です。無理のない範囲でサポートを継続できるような、健全な距離感を保ちます。
ご自身の心身の健康を保つことは、決して利己的なことではありません。むしろ、あなたが健やかであるからこそ、大切な方に対して安定したサポートを提供し続けることができるのです。
まとめ
トラウマからの回復の道のりは、山あり谷ありであり、停滞や後退は起こりうる自然な一部です。この時期に、焦らず、評価せず、ただ寄り添うこと、そして小さな変化や努力に目を向け、肯定的に支えることが、大切な方のレジリエンスを育むことに繋がります。
同時に、サポートする側であるあなた自身の心身の健康も、回復の道のりを共に歩む上で非常に重要です。ご自身の感情に気づき、適切な休息を取り、周囲に頼ることを恐れないでください。
回復は旅であり、目的地にたどり着くまでには時間がかかるかもしれません。しかし、波があるからこそ、そこから学びを得て、よりしなやかな強さを育むことができるのです。希望を失わず、この困難な時期を共に乗り越えていく力が、あなたにも大切な方にも備わっています。必要であれば専門家の助けも借りながら、一歩一歩、歩みを進めていくことができるはずです。