身体活動がトラウマからの回復とレジリエンスをどう支えるか:大切な人へのサポートと支援者のセルフケア
トラウマからの回復を支える道のりは、ご本人にとっても、そしてそれを支える大切なご家族や周囲の方々にとっても、決して平坦ではないかもしれません。どう寄り添えば良いのか、何をすれば力になれるのか、ご自身の心身の負担はどう軽減すれば良いのか、多くの問いや不安を抱えていらっしゃる方もいることでしょう。
この道のりを共に歩む上で、レジリエンス、すなわち困難から立ち直り、しなやかに適応していく力は、非常に重要な要素となります。レジリエンスを高める因子は多岐にわたりますが、今回は特に、心と体の繋がりを通じて回復を支える「身体活動」に焦点を当ててみたいと思います。
トラウマからの回復における身体活動の役割
トラウマは、心だけでなく体にも深く影響を及ぼすことが知られています。緊張や不安が続き、体の感覚が鈍くなったり、逆に過敏になったりすることもあります。このような状況において、適切な身体活動は、心身のバランスを取り戻し、レジリエンスを高めるための一助となり得ます。
身体活動は、単に体を動かすだけでなく、以下のような様々な形で回復プロセスに良い影響をもたらすと考えられています。
- ストレスホルモンの低減と神経系の調整: 適度な運動は、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を抑え、心拍数や血圧を安定させる効果が期待できます。これにより、トラウマ反応によって過剰に活性化しやすい神経系を落ち着かせる助けとなる可能性があります。
- 心身の統合感覚の促進: 体を動かすことで、自分の体を感じる感覚(身体感覚)を取り戻しやすくなります。これは、トラウマによって心と体が分離してしまったような感覚を持つ方にとって、心と体の繋がりを取り戻す重要なステップとなり得ます。
- 気分の改善と自己肯定感の向上: 身体活動は、脳内で気分を調整する神経伝達物質(エンドルフィンなど)の分泌を促します。また、「体を動かすことができた」「目標を達成できた」といった経験は、小さな成功体験となり、自己肯定感や自己効力感(自分にはできるという感覚)を高めることにつながります。これらはレジリエンスの重要な因子です。
- 問題からの注意の転換: 身体活動に集中することで、トラウマに関する考えや感情から一時的に注意をそらすことができます。これは、フラッシュバックや intrusive thoughts(侵入思考)といった症状に圧倒されそうな時に、心を落ち着かせるための一時的な対処法としても有効です。
- 睡眠の質の改善: 適度な身体活動は、睡眠リズムを整え、質の良い睡眠につながることがあります。睡眠不足は心身の回復を妨げる要因となるため、睡眠の改善は回復にとって非常に大切です。
これらの効果を通じて、身体活動はトラウマによる心身の不調を和らげ、困難な状況に適応していくためのレジリエンスを高める可能性を秘めています。
大切な人への身体活動を促すサポート方法
大切な人がトラウマからの回復を歩む中で、身体活動を取り入れることをサポートしたいと考える場合、いくつかの大切なポイントがあります。
- 本人の意思とペースを尊重する: 最も重要なのは、ご本人が身体活動に対してどのように感じているか、何に興味があるかを尊重することです。無理強いは逆効果になる可能性があります。まずは、身体を動かすことについて、どのような抵抗や不安があるか、穏やかに尋ねてみても良いでしょう。
- 「小さな一歩」から提案する: 最初からハードな運動を目指す必要はありません。自宅での軽いストレッチ、近所を散歩する、座ったまま手足を動かすなど、ご本人が「これならできそう」と思える小さな活動から提案してみてください。目標は「毎日続ける」ことではなく、「今日は少し体を動かしてみようかな」と思える瞬間を増やすことです。
- 一緒に活動する時間を持つ: もし可能であれば、一緒に身体活動に取り組むことは、ご本人の安心感につながります。一緒に散歩をする、軽い体操を一緒に行うなど、無理のない範囲で時間を共有してみてください。その際は、競争したり、評価したりするのではなく、ただ「一緒にいる」ことを大切にしてください。
- 身体感覚への気づきを促す(さりげなく): 体を動かしている最中に、「今、足の裏が地面についている感じがしますね」「腕を伸ばすと気持ちが良いですね」といった、体の感覚に関する言葉をさりげなく添えることで、ご本人がご自身の身体感覚に意識を向けるきっかけになるかもしれません。これは、不安な時に自分の体を感じることで落ち着きを取り戻す「グラウンディング」というスキルにも繋がる可能性があります。
- 専門家へ相談する: 身体活動がトラウマ症状にどのように影響するかは個人差があります。特に、身体的な症状(動悸、息切れなど)が強い場合や、特定の身体活動がフラッシュバックのトリガーとなるような場合は、専門医やカウンセラーに相談することが大切です。身体活動を始める前に、専門家からアドバイスを得ることを検討してみてください。
サポートする側は、結果を急がず、根気強く見守る姿勢が求められます。大切なのは、「一緒にいること」「いつでもサポートする用意があること」を伝えることです。
支援者のためのセルフケアとしての身体活動
大切な人をサポートする過程で、支援者の方ご自身も心身の負担を感じることが少なくありません。共感疲労や燃え尽きを防ぎ、長期的なサポートを続けるためには、ご自身のセルフケアが不可欠です。そして、支援者自身のセルフケアとしても、身体活動は有効な方法の一つとなり得ます。
- ストレス軽減とリフレッシュ: ご自身の身体を動かすことは、日々のストレスを解消し、気分転換になります。短い時間でも、意識的に体を動かす時間を作ることで、心に溜まった緊張を和らげることができます。
- 感情の調整: 運動中に感じる体の感覚や、運動後の爽快感は、ご自身の感情に気づき、それを調整する助けとなります。不安やイライラを感じた時に、散歩に出かける、軽いストレッチをするといった行動は、感情に圧倒されることを防ぐ手助けになるでしょう。
- セルフケアの時間を確保する: 身体活動のための時間を確保することは、「自分自身を大切にする」という意思表示でもあります。これは、サポートする役割から一時的に離れ、ご自身のための時間を持つことの重要性を思い出させてくれます。
- 具体的なセルフケア計画に組み込む: 「毎日15分散歩する」「週に一度ヨガのクラスに参加する」など、具体的な目標を立て、セルフケア計画に身体活動を組み込んでみてください。スケジュールに組み込むことで、実行しやすくなります。
- 疲れを感じたら休息を優先する: 身体活動はセルフケアになりますが、無理は禁物です。疲れや不調を感じる時は、無理に体を動かそうとせず、休息を優先してください。ご自身の体調や心の声に耳を傾けることが最も大切です。
支援者ご自身が心身ともに健康であることは、大切な人をサポートし続ける上での基盤となります。ご自身のための身体活動の時間を、罪悪感なく確保することが大切です。
まとめ
トラウマからの回復とレジリエンスを高める道のりにおいて、身体活動は心身の健康を支え、回復プロセスを後押しする有効な方法の一つです。大切な人が身体活動を取り入れることをサポートする際は、ご本人の意思を尊重し、小さな一歩から焦らず寄り添うことが重要です。
同時に、支援者ご自身が燃え尽きることなくサポートを続けるためには、ご自身の心身のケアが不可欠です。身体活動をセルフケアの一環として取り入れることは、ストレス軽減や気分転換、感情調整に役立ちます。
身体を動かすことは、心と体を繋ぎ直し、自分自身の感覚を取り戻すことにも繋がります。回復は直線的なプロセスではなく、波があることを理解し、身体活動を楽しみながら、ご自身のペースで、そして大切な人のペースを尊重しながら続けていくことが、希望を持って歩み続ける力となるでしょう。必要であれば、専門機関のサポートも活用しながら、共にこの道を歩んでいくことを願っております。