トラウマと向き合う大切な人の感情の波に寄り添う:支援者が知るべき具体的な対応と心の守り方
はじめに:大切な人の感情の波に寄り添うこと
身近な大切な方がトラウマに苦しんでいるとき、その感情の揺れ動きにどのように対応すれば良いのか、不安を感じる方も少なくないでしょう。突然の感情の爆発や、反対に感情の麻痺が見られることもあり、どう声をかけ、どのように接すれば良いのか、迷ってしまうかもしれません。また、サポートする側であるご自身も、相手の感情に触れることで精神的な負担を感じることもあるのではないでしょうか。
この記事では、トラウマを抱える方の感情の性質を理解し、その感情の波に適切に寄り添うための具体的な方法について解説します。さらに、サポートする方がご自身の心身の健康を守り、支援を続けていくためのセルフケアの重要性とその実践方法にも触れます。トラウマからの回復は、まさにレジリエンス(resilience:困難から立ち直る力)を育むプロセスであり、周囲の理解と適切なサポートがその力を引き出す鍵となります。
トラウマが感情に与える影響を理解する
トラウマは、単に過去のつらい出来事として記憶されるだけでなく、脳の機能や感情の調整メカニズムに影響を与えることがあります。特に、ストレス反応に関わる脳の部位が過敏になったり、逆に感情を感じにくくなったりすることがあります。
トラウマを経験した方が示す感情の反応は様々です。強い不安や恐怖、怒り、悲しみといった感情が突然湧き上がったり、些細なことでパニックになったりすることがあります。一方で、感情そのものを感じにくくなり、無気力や無関心に見えることもあります。これらの感情の揺れは、本人の意思とは関係なく起こることが多く、トラウマ反応の一つとして理解することが大切です。
感情の波があることを知り、それがトラウマの影響であることを理解することは、寄り添う上での第一歩となります。予測できない反応に対して、「なぜこんな風になるのだろう」と戸惑うのではなく、「トラウマの影響で感情が不安定になっているのかもしれない」と冷静に受け止める姿勢が重要です。
感情の波に寄り添うための具体的な接し方とコミュニケーション
大切な人の感情の波に寄り添うためには、以下のような具体的なアプローチが有効です。
1. 傾聴の姿勢を持つ
相手が話したいときに、ただ耳を傾けることが最も基本的なサポートです。アドバイスをしたり、安易に励ましたりするのではなく、相手の言葉や感情をそのまま受け止める「アクティブリスニング(積極的傾聴)」を心がけましょう。
- 言葉を受け止める: 相手の言葉を遮らずに聞きます。「はい」「ええ」といった相槌や、うなずきを挟むことで、聞いている姿勢を示します。
- 感情に焦点を当てる: 相手が言葉にしにくい感情を、「それはつらいお気持ちだったのですね」「不安を感じていらっしゃるのですね」のように、推測ではなく確認する形で言葉にしてみることも有効です。ただし、決めつけにならないように注意が必要です。
- 繰り返す: 相手の言葉の要点を繰り返し伝えることで、理解しようとしていることを示し、相手が正しく伝わっているか確認できます。例:「つまり、〜ということですね?」
- 沈黙を恐れない: 相手が言葉に詰まったり、感情を整理したりするために沈黙が必要な場合があります。無理に話させようとせず、静かに待つことも大切な傾聴の一部です。
2. 共感的な態度を示す
相手の感情を「理解しよう」という姿勢を示すことが重要です。「わかるよ」と安易に言うのではなく、「それは大変だったね」「つらい気持ち、お察しします」のように、寄り添う気持ちを丁寧に伝えます。感情そのものや、感情的な反応を否定したり、「気にしすぎだ」「乗り越えなきゃ」といった言葉をかけたりすることは避けてください。感情には良い悪いはなく、ただそこにあるものとして受け止めることが共感の基本です。
3. 安全な空間と安心感を提供する
物理的にも精神的にも、相手が安心して感情を表現できる場所を提供することが重要です。落ち着ける環境で、邪魔が入らない時間を持つこと。そして、「ここではあなたの話を聞く準備ができているよ」「あなたがどんな感情になっても、私はここにいるよ」といった非言語的・言語的なメッセージで安心感を伝えます。
4. 境界線を明確にする
寄り添うことは重要ですが、相手の感情や問題に巻き込まれすぎないための自分自身の境界線を持つことも必要です。サポートできる範囲や時間、自分自身の感情的なエネルギーの限界を理解し、それを超えないように注意しましょう。全ての感情を受け止めようと一人で抱え込む必要はありません。
5. 具体的な行動でのサポート(必要に応じて)
感情が非常に不安定になっている場合、言葉によるコミュニケーションだけでは難しいこともあります。その際は、
- 落ち着ける場所へ一緒に移動する
- ゆっくりとした呼吸を促す(「一緒に深呼吸してみようか」など)
- 好きな飲み物を用意する
- 安全を確保する
など、具体的な行動で安心を提供することも有効です。
支援者のためのセルフケア:心を燃やし尽くさないために
大切な人をサポートする活動は、精神的にも肉体的にも大きなエネルギーを要します。相手のつらい感情に触れることで、共感疲労(empathic fatigue)やバーンアウト(燃え尽き症候群)のリスクもあります。サポートを持続可能にするためには、ご自身の心身の健康を最優先に考えるセルフケアが不可欠です。
1. 自分の感情に気づき、認める
サポートする中で、不安、悲しみ、怒り、無力感など、様々な感情が湧き起こることは自然なことです。これらの感情を否定したり抑え込んだりせず、「今、自分は〇〇と感じているのだな」と認識し、受け止めましょう。感情日記をつけることや、信頼できる友人や家族に話を聞いてもらうことも有効です。
2. 適切な休息とリフレッシュ
サポートから物理的・精神的に離れる時間を持つことは必須です。趣味の時間、リラクゼーション、軽い運動、十分な睡眠など、ご自身が心身ともに回復できる活動を意識的に取り入れましょう。サポート以外の人間関係や活動を大切にすることも、視点を広げ、負担を軽減する上で重要です。
3. 専門家や支援機関の力を借りる
一人で抱え込まず、専門家や支援機関に相談することをためらわないでください。自身の抱える感情やストレスについてカウンセリングを受けることは、自分自身のセルフケアであると同時に、より適切なサポート方法を学ぶ機会にもなります。また、トラウマを抱えるご本人が専門的な治療やサポートを必要としている場合、適切な専門機関へつなぐことも支援の一つです。
まとめ:回復への希望と共に歩む
トラウマからの回復は、直線的な道のりではなく、感情の波があることを受け入れるプロセスです。大切な人の感情の揺れに寄り添うことは、その方がレジリエンス、つまり困難から立ち直る力を再び見出し、育んでいくための大切な支えとなります。
そして、そのサポートを続けるためには、支援者であるご自身が心身ともに健康でいることが何よりも重要です。自分自身の感情に気づき、適切に休息を取り、必要な助けを求めること。これらのセルフケアの実践は、単に自分自身のためだけでなく、結果として大切な人へのより安定した、質の高いサポートにつながります。
回復への道のりは長く感じられることもあるかもしれません。しかし、感情の波を乗り越えるたびに、少しずつ強さが増していくものです。希望を持って、一歩ずつ、共に歩んでいく姿勢が、回復への道を切り開いていく力となるでしょう。