トラウマからの回復における「創造性や遊び心」の力：レジリエンスを育む支援と支援者のセルフケア
はじめに
大切な方がトラウマに苦しんでおられる時、どのように寄り添い、どのような言葉をかけたら良いのか、多くの方が悩まれることと思います。適切なサポートをしたいと願う一方で、ご自身の精神的な負担を感じることもあるかもしれません。トラウマからの回復の道のりは一様ではなく、様々な側面からのアプローチが求められます。
この道のりを歩む上で、「レジリエンス」は非常に重要な役割を果たします。レジリエンスとは、困難や逆境に直面した際に、それに適応し、乗り越え、さらに成長していく力のことです。そして、レジリエンスを高める因子の一つとして、一見意外に思えるかもしれませんが、「創造性」や「遊び心」が挙げられます。
この記事では、なぜ創造性や遊び心がトラウマからの回復とレジリエンスを高める上で大切なのか、その心理的なメカニズムを解説します。そして、大切な方への具体的なサポート方法として、また支援される方がご自身の心をケアするための方法として、創造性や遊び心をどのように活用できるのか、具体的なヒントをお伝えします。
レジリエンスとは何か、そして創造性・遊び心とのつながり
レジリエンスは、単に元の状態に戻る力ではなく、困難を経験したからこそ得られる新たな気づきや成長へとつながる、しなやかな強さです。この力は、特定の誰かだけが持っているものではなく、誰もが内に秘めているものであり、意識的に育むことができます。
レジリエンスを高める因子は多岐にわたりますが、創造性や遊び心は、特に以下のような側面で回復をサポートします。
- 感情の調整と表現: 言葉にすることが難しい感情を、絵を描いたり、音楽を聴いたり、体を動かしたりといった非言語的な方法で表現することを助けます。これにより、感情を抱え込まずに済み、心の負担を軽減できます。
- 視点の転換と問題解決: 遊び心を持って物事に取り組むことは、硬直した思考から離れ、新しい角度から状況を見ることを可能にします。これにより、困難な状況に対する新しい解決策や対処法を見つけやすくなります。
- ストレスの軽減と気分の転換: 創造的な活動や遊びに没頭する時間は、ストレスから一時的に解放され、リラックス効果をもたらします。楽しいと感じる時間は、心に休息を与え、ポジティブな感情を育む助けとなります。
- 自己肯定感と自己効力感の向上: 小さな作品を作り上げたり、遊びの中で目標を達成したりすることは、達成感や自己肯定感につながります。これは、「自分には何かを成し遂げる力がある」という自己効力感を育み、回復への意欲を高めます。
- 他者とのつながり: 共通の活動や趣味を通じて他者と関わることは、孤立感を和らげ、安心感や所属感をもたらします。
大切な人へのサポートにおける創造性・遊び心の実践
トラウマを抱える大切な方へ創造性や遊び心を通じたサポートを行う際は、何よりもご本人のペースと意向を尊重することが重要です。無理強いせず、あくまで選択肢の一つとして、そっと寄り添う姿勢を大切にしてください。
具体的なアプローチ例
- 共に表現を楽しむ時間:
- 一緒に簡単な絵を描いたり、色を塗ったりする。
- 粘土やブロックなどで自由に形を作る。
- 好きな音楽を一緒に聴いたり、楽器を触ってみたりする。
- 文章を書くのが好きなら、日記や短い物語を書くことを勧める（内容に立ち入らず、書くこと自体を応援する）。
- 自然の中での活動:
- 公園を散歩する、海岸を歩くなど、自然の中で過ごす時間を設ける。
- ベランダで植物を育てたり、小さな庭の手入れをしたりする。
- 星空を眺めたり、鳥のさえずりに耳を傾けたりする。
- 軽いゲームや趣味の共有:
- ボードゲームやカードゲームなど、難易度の低いゲームを一緒にする。
- パズルや塗り絵など、集中できる趣味を共有する。
- 手芸や模型作りなど、何かを作り出す活動を提案する。
サポートの際の心構え
最も大切なのは、「回復のためにこれをやらなければならない」という義務感ではなく、「一緒に心地よい時間を過ごす」という目的で取り組むことです。結果や完成度ではなく、プロセスそのものを楽しむことに焦点を当ててください。言葉でのコミュニケーションが難しい時でも、これらの活動を通じて感情を分かち合ったり、ただ静かに同じ空間を共有したりすることができます。大切な方が小さな喜びや安心を感じられる瞬間を、そっと見守り、共に分かち合うことが、何よりのサポートとなります。
支援者のセルフケアにおける創造性・遊び心の活用
大切な方のサポートを続けるためには、支援者自身が心身ともに健康でいることが不可欠です。共感疲労やバーンアウトを防ぐためにも、意識的なセルフケアが求められます。このセルフケアにおいても、創造性や遊び心は大きな助けとなります。
具体的なセルフケア方法
- 趣味や好きな活動の時間を確保する:
- 絵を描く、音楽を聴く・演奏する、手芸をする、料理やお菓子作りをするなど、自分が没頭できる時間を持つ。
- スポーツやダンス、ヨガなど、体を動かす遊びを取り入れる。
- 好きな本を読んだり、映画を見たりして、日常から離れた世界に浸る。
- 日常に小さな楽しみや遊び心を取り入れる:
- 通勤路を変えてみる、いつもと違うカフェに立ち寄る。
- 季節の飾り付けをしたり、好きな花を飾ったりする。
- 普段選ばない色の服を着てみる、新しいヘアスタイルに挑戦してみる。
- 友人とのたわいのないおしゃべりを楽しむ時間を作る。
- 内省と感情の整理:
- ジャーナリング（書くこと）を通じて、自分の感情や考えを整理する。
- 自分の気持ちを歌や詩にしてみる。
- 創造的な活動を通じて、サポートで感じた感情（喜び、悲しみ、疲労など）を表現する。
セルフケアにおける創造性や遊び心は、「義務」ではなく「自分のための休息であり、喜びである」という認識が大切です。完璧を目指す必要はありません。ほんの数分でも、心がふっと軽くなるような、楽しいと感じられる時間を持つことが、持続的なサポートを続けるためのエネルギーとなります。
専門機関との連携の重要性
創造性や遊び心はレジリエンスを高める有効なアプローチですが、トラウマからの回復は専門的なサポートが必要な場合が多くあります。もし大切な方の状態が深刻である場合や、ご自身の負担が大きすぎる場合は、迷わず専門機関（精神科医、臨床心理士、トラウマ専門のカウンセラーなど）にご相談ください。専門家の診断や治療は、回復のための重要な土台となります。また、支援者自身も、必要であればカウンセリングなどを利用し、専門的なサポートを受けることを検討してください。創造性や遊び心によるアプローチは、専門的な治療と並行して行うことで、より効果を発揮することが期待できます。
まとめ
トラウマからの回復の道のりは、平坦ではありません。大切な方に寄り添う支援者の皆様も、多くの困難や感情の波に直面されることでしょう。しかし、この道のりを歩む力、すなわちレジリエンスは、様々な因子によって育まれます。その一つである「創造性」や「遊び心」は、感情を表現し、新しい視点をもたらし、心を癒し、そして自己肯定感を高める、穏やかで力強い側面を持っています。
これらの要素を、大切な方へのサポートに取り入れることで、言葉だけでは届かない部分に寄り添うことができるかもしれません。そして何より、支援される方ご自身が、日々の生活の中に創造性や遊び心を取り入れ、ご自身の心を大切にケアすることが、持続的なサポートを続けるための源となります。
焦らず、小さな一歩から。創造性や遊び心と共に、回復への道のりを少しでも明るく、そして力強く歩んでいくことを願っております。