トラウマからの回復期における目標設定と将来の見通し:大切な人を支えるレジリエンスの育み方と支援者の心のケア
トラウマからの回復の道のりは、時に長く、不確実性を伴うものです。大切な方がトラウマに苦しんでいらっしゃるのを見るのは、ご家族やご友人にとって大変つらい経験であり、どのように支えれば良いのか、ご自身も不安を感じることは自然なことです。特に、トラウマ体験は、過去の出来事としてだけでなく、将来への希望や見通しを立てる力にも影響を与えることがあります。未来が霞んで見えたり、計画を立てることに意味を感じられなくなったりすることもあるかもしれません。
この記事では、トラウマからの回復において、目標設定や将来への見通しを持つことがなぜ重要なのか、それがレジリエンス(困難から立ち直る力)をどのように育むのかについて解説します。そして、大切な方を具体的にどのようにサポートできるのか、さらに支援者としてご自身の心を守り、共に回復の道のりを歩むためのセルフケアについても考えていきます。
トラウマ体験が将来の見通しに与える影響
トラウマ体験は、安全な世界観や自己に対する信頼を揺るがす出来事です。これにより、過去の出来事に対する苦痛だけでなく、将来に対する不安や恐怖、無力感を感じやすくなることがあります。
- 将来への期待の喪失: 過去のつらい経験から、「どうせうまくいかないのではないか」「また同じようなことが起こるのではないか」といった否定的な考えにとらわれやすくなります。これにより、将来に希望を持つことや、何かを期待することが難しくなる場合があります。
- 計画や目標設定の困難: トラウマ体験は、予期せぬ出来事への過敏さや、感情のコントロールの難しさを引き起こすことがあります。これにより、将来の計画を立てたり、具体的な目標に向かって行動したりすることにハードルを感じることがあります。また、「どうせ計画通りにいかない」という諦めや、「計画を立てる意味が分からない」といった感覚に陥ることもあります。
- 過去への固着: 過去の出来事に心がとらわれ、現在や未来に意識を向けることが難しくなることがあります。これにより、将来について考えること自体が苦痛になったり、避けたい感情になったりすることがあります。
このような状態は、大切な方のエネルギーを奪い、回復への歩みを重く感じさせる要因となり得ます。
レジリエンス因子としての「目標設定」と「将来への希望」
レジリエンス研究において、目標設定や将来への希望は、困難を乗り越え、逆境から立ち直るための重要な因子の一つとされています。
- 目的意識と方向性: 目標を持つことは、人生に目的意識と方向性を与えます。これは、一時的な困難や苦痛の中にあっても、将来に向けて進むためのエネルギー源となります。
- 自己効力感の向上: 小さな目標でも達成することは、自己効力感(「自分にはできる」という感覚)を高めます。自己効力感が高まると、より大きな課題にも前向きに取り組むことができるようになり、困難を乗り越える自信につながります。
- ポジティブな感情の喚起: 将来への希望は、ポジティブな感情や期待感を生み出します。これは、ネガティブな感情に圧倒されがちなトラウマからの回復プロセスにおいて、心のバランスを取り戻す助けとなります。
- 行動の促進: 目標は、具体的な行動を促す原動力となります。何をすれば良いか分からない状態から、「まずはこれをやってみよう」と一歩を踏み出すきっかけを与えます。
トラウマからの回復における目標設定は、必ずしも壮大なものである必要はありません。「今日は散歩に出かける」「美味しいコーヒーを淹れてみる」といった日常の中の小さなことでも十分です。大切なのは、自分自身の意思で何かを決め、それに向かって行動し、達成感を味わうプロセスそのものです。
大切な人への具体的なサポート方法
大切な方が目標設定や将来への見通しを持つことをサポートする際に、支援者としてできることがあります。
- 「大きな目標」ではなく「小さな一歩」を共に探す: 回復期にある方にとって、遠い将来の大きな目標を考えることは負担となる場合があります。まずは、「明日」「今週」といった近い未来で、「やってみたいこと」「少しでも気分が良くなりそうなこと」といった、日常生活の中の小さな目標を一緒に探してみましょう。無理強いせず、本人のペースと意思を尊重することが最も重要です。
- 結果ではなくプロセスを承認する: 設定した目標が達成できなくても、そのプロセスや、目標を設定しようとした気持ちそのものを承認し、肯定的な言葉をかけましょう。「〇〇しようと思ったんだね」「挑戦してみようと思ったこと、素晴らしいと思うよ」といった声かけは、本人の自己肯定感を育みます。
- 過去の「できたこと」や「強み」に目を向けるよう促す: トラウマ体験は、自分自身の否定的な側面に目を向けがちになります。過去に困難を乗り越えた経験や、本人が持つ強み、好きなこと、興味のあることなど、ポジティブな側面に焦点を当てる会話をしてみましょう。
- 傾聴と共感で不安に寄り添う: 将来に対する不安や絶望感を口にされた際は、否定せずにまずはじっくりと耳を傾け、共感的な姿勢で受け止めましょう。感情を受け止めてもらえる安心感は、次の一歩を踏み出すための土台となります。
- 専門家のサポートを示唆する: 目標設定や将来計画のサポートは、心理療法やリハビリテーションの重要な一部です。必要に応じて、医療機関やカウンセリング施設といった専門機関のサポートも検討できることを伝えてみましょう。専門家は、その方に合ったペースと方法で、実現可能な目標設定や計画立案をサポートしてくれます。
支援する際は、決して「〜すべきだ」「〜すれば良くなる」といった決めつけや期待を押し付けないことが大切です。大切な方の回復のペースを尊重し、共に考え、寄り添う姿勢が信頼関係を築き、回復を支えます。
支援者のセルフケア:自身の「希望」を大切にする
大切な人をサポートする中で、支援者自身もエネルギーを消耗し、将来への不安を感じたり、ご自身の目標や希望を見失いそうになったりすることがあります。支援者が心身ともに健康であることは、長期的にサポートを続けていく上で不可欠です。
- 自身の「小さな目標」を設定し、達成感を味わう: 支援者であるご自身も、日々の生活の中で「自分のための小さな目標」を設定し、達成感を味わう時間を持ちましょう。例えば、「週末に好きな本を読む」「近所のカフェに行く」「友人と電話で話す」など、ご自身の心を満たす行動を意識的に計画し、実行することは、自己肯定感と活力を維持するために重要です。
- 自身のキャリアや人生の目標について考える時間を設ける: 大切な方のサポートに力を注ぐあまり、ご自身のキャリアや人生について考える時間がなくなってしまうことがあります。ご自身の将来について考え、希望を持つことは、支援者自身のレジリエンスを高めます。短い時間でも良いので、ご自身の「やりたいこと」「なりたい自分」について思いを馳せる時間を持ちましょう。
- 支援の「結果」だけでなく「関わっていること」そのものを評価する: 回復プロセスは波があり、すぐに目に見える変化がないことも珍しくありません。支援者として、「目標達成に導けたか」といった結果にこだわりすぎず、「私は今、この大切な人のために関わっている」という自身の行動そのものを肯定的に評価しましょう。
- 自身の希望や楽しみを見つけ、大切にする: サポートとは別に、ご自身の人生における楽しみや希望を見つけ、大切にしましょう。趣味の時間を持つ、気分転換に出かける、信頼できる人と話すなど、ご自身が喜びや安らぎを感じられる活動を意識的に取り入れることは、心のエネルギーを充電するために必要です。
- 支援者向けの相談窓口やコミュニティを利用する: 支援者も孤立しがちです。ご自身の悩みや不安を安心して話せる場所を持つことは、セルフケアの重要な一部です。支援者向けの相談窓口や同じような経験を持つ人が集まるコミュニティの利用を検討してみましょう。
大切な人の回復を支えることは、支援者自身のレジリエンスも試される道のりです。ご自身の心身の健康を最優先に考え、必要な休息を取り、境界線を適切に設定すること、そしてご自身の人生における希望や目標も大切にすることが、持続可能なサポートにつながります。
まとめ
トラウマからの回復における目標設定や将来への見通しを持つことは、レジリエンスを育み、希望を持って前向きに進むための重要な要素です。支援者として、大切な方がご自身のペースで「小さな一歩」を見つけられるよう寄り添い、プロセスを承認し、ポジティブな側面に焦点を当てるサポートは、その方の回復の力強い後押しとなります。
同時に、支援者であるご自身も、自身の目標や希望を大切にし、適切なセルフケアを行うことが不可欠です。ご自身の心身の健康を守りながら、回復の道のりを共に歩むことこそが、最も価値のあるサポートの形と言えるでしょう。回復は一進一退を繰り返すこともありますが、希望の光を見失わずに、共に歩み続けることが大切です。