トラウマからの歩き方

トラウマからの回復における感謝とポジティブ感情の力:レジリエンスを高めるアプローチと支援者のセルフケア

Tags: トラウマ, レジリエンス, 感謝, ポジティブ感情, セルフケア

はじめに:困難な状況下での光を見つける力

大切なご家族や身近な方がトラウマに苦しんでおられる状況は、支援する方にとっても計り知れないご負担とご不安を伴うことと思います。どのように寄り添えば良いのか、ご自身の心はどう保てば良いのか、多くの疑問や悩みを抱えていらっしゃるかもしれません。

トラウマからの回復の道のりは時に長く、困難に満ちているように感じられるかもしれません。しかし、その道のりにおいても、希望の光を見出し、前向きに進む力となる要素があります。その一つが、「感謝」や「ポジティブ感情」といった、心の温かい側面です。

本記事では、トラウマからの回復を支えるレジリエンス因子の一つとして、感謝とポジティブ感情の力がどのように働くのか、そしてそれをどのように育むことができるのかについて、専門的な知見に基づき解説します。また、大切な方をサポートする上で、これらの感情をどのように捉え、寄り添うべきか、そして支援者ご自身のセルフケアにいかに活かせるかについて、具体的で実践的な情報をお届けいたします。

レジリエンスとは何か、感謝とポジティブ感情が果たす役割

レジリエンスとは、困難な状況や強いストレスに直面しても、それにうまく適応し、しなやかに立ち直る力、あるいは逆境から回復し、さらに成長する力を指します。これは特定の誰かに備わっている特別な能力ではなく、誰もが持っている可能性であり、育むことができる性質です。

レジリエンスを高める因子は多岐にわたりますが、心理的な側面において「ポジティブ感情」が果たす役割は近年注目されています。心理学の研究によれば、ポジティブ感情(喜び、感謝、安らぎ、興味など)は、困難な状況下であっても、私たちの思考の幅や行動のレパートリーを広げる効果があると考えられています。例えば、不安や悲しみといったネガティブな感情は視野を狭め、問題解決に向けた柔軟な思考を妨げることがありますが、ポジティブ感情は、新しい視点をもたらしたり、創造的な解決策を見つけ出す助けとなったりすることがあります。

中でも「感謝」は、単なる一過性のポジティブ感情に留まらず、持続的な幸福感や他者とのつながりを深める力を持つとされています。困難な状況の中でも、当たり前と思っていたことや、小さな良い出来事に目を向け、感謝の気持ちを感じることは、心の状態を安定させ、回復への意欲を支える原動力となり得ます。

これは、決して無理に「感謝しなければならない」「ポジティブでいなければならない」ということではありません。トラウマ体験による深い苦しみや悲しみを否定する必要は一切ありません。その上で、困難な状況の中でも見出すことができる、わずかな光や温かさに気づき、それを大切に育むことが、回復の道のりを歩む上での支えとなるのです。

大切な人へ寄り添う:感謝やポジティブな側面への気づきをサポートする

トラウマを抱える大切な人に、無理に「感謝しなさい」「元気になって」と促すことは、むしろ逆効果となる可能性があります。苦しみの中にいる方にとって、ポジティブな側面を見ることは非常に難しい場合が多いからです。大切なのは、支援者が先回りしてポジティブを押し付けるのではなく、その方がご自身のペースで、少しずつ光に気づけるように寄り添うことです。

1. 安全で安心できる環境を提供する

何よりもまず、大切な方が安心して感情を表現できる環境を整えることが基本です。否定されることなく、ありのままの感情を受け止めてもらえるという感覚は、回復の土台となります。話を聞く際は、 judgement(評価や批判)を挟まず、ただ耳を傾ける「傾聴」の姿勢が重要です。

2. 小さな「良いこと」への気づきを共有する

日常生活の中で起こる小さな良い出来事や、その方の強み、達成できたことなどに、支援者が気づき、そっと言葉にしてみることも有効です。「今日の天気は気持ち良いですね」「以前より少し良く眠れたようですね」「あなたが〇〇してくれたおかげで助かりました」など、具体的で穏やかな言葉を選びます。これは、ポジティブな側面を見る練習であり、その方がご自身の周りに存在する良いものに目を向け始めるきっかけとなるかもしれません。

3. 感謝の表現を強制しない

感謝の気持ちは自然に湧き上がるものであり、強制されるものではありません。もし大切な方が感謝の気持ちを表すことが難しい状況であれば、その気持ちを尊重します。支援者自身が、その方が存在してくれること、共に過ごせる時間があることなどに感謝の気持ちを持つことは、関係性を温かく保つ上で重要です。

4. 専門家との連携を検討する

感謝やポジティブ感情を育むアプローチは、トラウマ治療の一部として専門家の指導のもとで行われることもあります。必要に応じて、医療機関やカウンセリング施設といった専門機関に相談し、適切なサポートを受けることを検討することも大切です。専門家は、トラウマに特化した技法(例:トラウマに焦点を当てた認知行動療法、EMDRなど)を用いて、安全かつ効果的に回復を支援してくれます。

支援者のためのセルフケア:自身の感謝とポジティブ感情を育む

大切な人をサポートする立場にある方は、ご自身の精神的なエネルギーを多く使われます。共感疲労や燃え尽きを防ぎ、持続的にサポートを続けるためには、ご自身のセルフケアが不可欠です。支援者自身が感謝やポジティブ感情を意識的に育むことは、自身のレジリエンスを高め、心の健康を保つ上で非常に有効な方法の一つです。

1. 感謝の習慣を取り入れる

2. ポジティブな出来事に意識的に焦点を当てる

一日の終わりに、今日あった良かったこと、楽しかったこと、心が安らいだことなどを振り返る時間を持ってみましょう。ネガティブな出来事に引きずられがちな時でも、意識的にポジティブな側面に目を向けることで、心のバランスを取り戻す助けとなります。

3. 小さな喜びを見つける練習をする

コーヒーを美味しく飲む、お気に入りの音楽を聴く、自然の中で散策するなど、日常生活の中の小さな楽しみや心地よさを意識的に味わいます。五感を使い、その瞬間に集中することで、心の平穏を得やすくなります。

4. 境界線を設定する

大切な方をサポートすることは重要ですが、ご自身の心身の健康を犠牲にしてはいけません。サポートできる範囲を明確にし、休息を取る時間、一人の時間、趣味に費やす時間など、ご自身のための時間もしっかり確保することが大切です。サポートできない時には「ノー」と言う勇気も必要です。

5. 自身の感情を処理する

サポートの過程で、辛い気持ちやネガティブな感情を抱くことは自然なことです。これらの感情を抑え込まず、信頼できる友人や家族に話を聞いてもらう、カウンセリングを利用するなど、安全な方法で感情を表現し、処理することが重要です。

まとめ:希望への歩みを支える力

トラウマからの回復は、直線的なプロセスではなく、波のある道のりです。困難な時期もある一方で、回復への力や希望は必ず存在します。感謝やポジティブ感情は、その希望の光を見出し、レジリエンスという心のしなやかさを育むための強力なツールとなり得ます。

大切な方へのサポートにおいては、無理にポジティブを押し付けるのではなく、安心できる環境を提供し、その方のペースで小さな良いことに気づけるよう優しく寄り添うことが大切です。そして何よりも、支援者ご自身のセルフケアとして、感謝やポジティブ感情を意識的に育むことが、ご自身の心の健康を守り、結果として大切な方を長期的に支え続ける力となります。

回復への歩みは一歩一歩ですが、感謝や小さな喜びを見出す心は、その道のりを照らし、新たな可能性への扉を開く鍵となることでしょう。専門家の力を借りることも選択肢に入れながら、ご自身と大切な方のレジリエンスを育み、希望へと繋がる歩みを進んでいかれることを心から願っております。