トラウマからの回復を支える「言葉の力」:大切な人への声かけ、避けるべき表現、そして支援者のセルフケア
はじめに:言葉が織りなす回復の道のり
大切なご家族やご友人がトラウマに苦しんでいらっしゃる時、どのように言葉をかけたら良いのか、あるいはどのような言葉を避けるべきか、悩むことは少なくありません。良かれと思ってかけた言葉が、かえって相手を傷つけてしまわないか、不安を感じることもあるでしょう。
言葉には、人の心を深く癒す力もあれば、意図せずとも傷つけてしまう可能性もあります。特に、トラウマという非常にデリケートな経験と向き合っている方にとって、周囲からの言葉は回復の道のりに大きな影響を与え得るものです。
この記事では、トラウマからの回復を支えるために、言葉がどのような役割を果たすのか、そして大切な人への具体的な声かけのポイントや避けるべき表現について、専門的な知見に基づき解説いたします。また、言葉を選ぶことの難しさや精神的な負担を感じやすい支援者自身のセルフケアについても触れていきます。
トラウマ体験と言葉の受け止め方
トラウマは、生命の危険を感じるような強烈な出来事や、長期間にわたる心身への脅威によって生じます。この経験は、脳や神経系に深い影響を与え、その後の認知や感情、他者との関係性に様々な変化をもたらすことがあります。
トラウマを抱える方は、安全や信頼といった基本的な感覚が揺らいでいる場合があります。そのため、何気ない言葉でも、過去の傷を刺激したり、自身の存在を否定されたように感じたりすることがあります。言葉は単なる情報伝達の手段ではなく、安心感や受容、あるいは危険や非難といった感情を呼び起こすトリガーとなり得るのです。
レジリエンス(resilience)とは、困難やストレスに直面しても、それに適応し、回復していく力、あるいはしなやかに立ち直る力のことです。トラウマからの回復プロセスでは、このレジリエンスを育むことが重要になります。言葉は、レジリエンスを高めるための重要な「社会的支援」という因子と深く関わっています。安全で支えられていると感じられる言葉のやり取りは、他者との信頼関係を再構築し、孤立感を和らげ、自己肯定感を育む助けとなります。
回復を支える言葉かけのポイント
では、具体的にどのような言葉かけが、トラウマからの回復を支えるのでしょうか。以下にいくつかのポイントを挙げます。
1. 傾聴の姿勢を大切にする
言葉をかける以前に、まずは「聴く」姿勢が最も重要です。相手が話したい時に、話したいことを、話したいように話せる安全な場所を提供することを心がけてください。話を聞く際は、評価や判断を加えずに、ただ耳を傾けます。沈黙も尊重する姿勢が大切です。
2. 共感的なコミュニケーションを心がける
相手の感情や経験に寄り添う言葉を選びます。「それは大変でしたね」「つらかったことと思います」といった、相手の感情を否定せず、受け止める言葉は、深い安心感につながります。ただし、過剰な同情や、あたかも自分が同じ経験をしたかのような決めつけは避けるようにしましょう。
3. 非難や否定をしない
トラウマ体験そのものや、それに伴う相手の感情や行動を非難したり、否定したりする言葉は絶対に避けてください。「なぜ〇〇しなかったのか」「それは間違っている」といった表現は、相手を孤立させ、自己非難を強める可能性があります。
4. 回復を焦らせない、期待を押し付けない
回復のペースは人それぞれ異なります。「早く元気になってほしい」「もう乗り越えたでしょう」といった、回復を急かすような言葉や、特定の状態を期待する言葉は、相手にプレッシャーを与え、追い詰めることにつながります。回復には時間がかかることを理解し、根気強く見守る姿勢が必要です。
5. 具体的な解決策ではなく、寄り添う言葉を選ぶ
トラウマからの回復において、表面的な問題解決策を提案することは、多くの場合、相手のニーズに応えません。「こうすれば良かったのに」「こうしたらどう?」といったアドバイスよりも、「私はあなたの味方です」「一人ではないですよ」といった、安心感やサポートの意思を伝える言葉の方が力になります。
6. 許可を得て話す、沈黙を恐れない
過去の出来事について触れる必要がある場合でも、必ず相手の許可を得てから話しましょう。また、会話中に沈黙が生じても、無理に言葉で埋めようとせず、その沈黙を尊重するゆとりを持つことも大切です。
7. ポジティブな側面や小さな変化に目を向ける
回復の過程で、相手自身が気づきにくい小さな変化や、レジリエンスの表れ(例えば、困難の中でも工夫したこと、誰かに助けを求めたことなど)に、そっと言葉で光を当てることも有効です。ただし、これも相手が受け止められる状態であるかを見極める必要があります。無理に「元気を出して」と言うのではなく、「〇〇な状況の中でも、△△されたのですね」のように、具体的な行動や状態を肯定的に伝える方が自然です。
避けるべき言葉・表現
意図せずとも、トラウマを抱える方を傷つけてしまう可能性のある言葉や表現について、具体的な例を挙げて解説します。これらの言葉は、相手の経験を軽視したり、不当に扱ったりする印象を与えやすく、信頼関係を損なう可能性があります。
- 経験の軽視や否定: 「そんなのたいしたことない」「もう忘れなさい」「考えすぎだよ」「誰にでもあることだ」
- 安易な励ましや根拠のない断言: 「きっと良くなる」「頑張って」「大丈夫だよ」「時間が解決してくれる」
- 原因究明や詳細の詮索: 「具体的に何があったの?」「なぜそうなったの?」
- 責任の所在を問う: 「どうして避けなかったの?」「あなたのせいじゃないの?」
- 押し付けや一方的なアドバイス: 「私ならこうする」「〇〇すべきだ」「元気出すために△△しなさい」
- 過度な同情や感傷的な表現: 相手のつらさを自分のものとして過剰に悲しむ様子を見せることは、かえって相手に気を遣わせることがあります。
- 自身の経験との安易な比較: 「私の時も大変だったけど、〜」と、相手の経験を自分の経験で上書きしようとするような表現は避けます。
これらの表現は、相手の感情や経験を十分に理解しようとせず、支援者の視点から一方的に語りかけている印象を与えがちです。言葉を選ぶ際は、常に相手の心にどのような影響を与えるかを意識し、相手のペースと状態を尊重することが重要です。
言葉を選ぶ難しさと支援者のセルフケア
大切な人をサポートする中で、適切な言葉を選ぼうとすること自体が、支援者にとって大きな精神的な負担となることがあります。言葉に詰まったり、「あの時、もっと違う言葉をかければ良かったのではないか」と後悔したりすることもあるかもしれません。
このような時、支援者自身の心を守るセルフケアが非常に重要になります。
1. 完璧を目指さない
どのような言葉が最も適切であるか、常に正解があるわけではありません。完璧な言葉かけを目指しすぎず、「心からの寄り添い」を大切にしている、という姿勢そのものが相手に伝わることを信じることも必要です。
2. 言葉以外のコミュニケーションも活用する
言葉だけがコミュニケーションの手段ではありません。穏やかな表情、うなずき、相手の傍に静かにいることなども、大切なサポートになります。言葉が見つからない時は、無理に話そうとせず、言葉以外の方法で寄り添いを表現することも考えてみましょう。
3. 自分自身の感情に気づき、ケアする
支援者自身も、相手の苦しみに触れることで、不安や疲労を感じることがあります。自分の感情に気づき、適切に対処することが不可欠です。信頼できる第三者(友人、家族、あるいは専門家)に自分の気持ちを話す、休息をしっかり取る、趣味の時間を持つなど、心身の健康を保つためのセルフケアを意識的に行いましょう。共感疲労やバーンアウトのサインに気づき、早めに対処することも重要です。
4. 専門家のサポートも視野に入れる
言葉のかけ方に迷ったり、ご自身の負担が大きくなったりした場合は、専門機関(精神科医、臨床心理士など)に相談することも有効な選択肢です。専門家から具体的なアドバイスを得たり、ご自身のセルフケアについてサポートを受けたりすることができます。また、相手の状況に応じて、専門家による支援が必要であることを示唆することも、大切なサポートの一つです。
まとめ:言葉の力、そして共に歩むこと
トラウマからの回復の道のりは、時に長く、困難を伴うものです。その中で、言葉は回復を促す力強い光となり得ますが、同時に細心の注意を要するデリケートなツールでもあります。
大切な人への言葉かけは、完璧を目指すことよりも、相手の安全を最優先し、非難せず、焦らせず、ただ寄り添う姿勢を大切にすることから始まります。そして、言葉を選ぶ難しさや、それに伴う自身の負担にも気づき、セルフケアを怠らないことが、支援を継続するためには不可欠です。
言葉の力、そして言葉を超えた心からのつながりを大切にしながら、一歩ずつ、共に歩んでいくこと。それこそが、トラウマからの回復を支える上で最も重要なことと言えるでしょう。