トラウマからの歩みにおける主体的な選択の重要性:回復を支えるレジリエンスと支援者のセルフケア
トラウマからの回復の道のりは、時に長く、複雑に感じられることがあります。大切な人がトラウマに苦しんでいるのを見て、どのように支えれば良いのか、自分には何ができるのかと悩んでいらっしゃる方も少なくないでしょう。回復は、ただ時間が経過するのを待つ受動的なプロセスではなく、本人の内なる力、つまりレジリエンスを育み、困難を乗り越えていく主体的な歩みでもあります。
本記事では、トラウマからの回復における「主体的な選択」の重要性に焦点を当てます。主体的に物事を選択する感覚が、いかにレジリエンスを高め、回復を後押しするのか。そして、支援する側として、大切な人の主体性をどのように尊重し、回復をサポートできるのか、また、支援者自身のセルフケアにおいて主体性がなぜ大切なのかについて、専門的な知見に基づきながら分かりやすく解説いたします。
レジリエンスとは何か、主体的な選択がもたらす力
レジリエンスとは、困難や逆境に直面した際に、それに適応し、しなやかに立ち直る力のことです。この力は生まれつき備わっているものではなく、様々な要因によって育まれると考えられています。レジリエンスを高める因子の一つとして、「自己肯定感」や「自己効力感」が挙げられますが、「主体的な選択」を重ねる経験も、これらの感覚を養う上で非常に重要です。
トラウマ体験は、時に私たちからコントロール感や主体性を奪い、無力感や絶望感をもたらすことがあります。しかし、困難な状況の中でも、小さなことであっても自分で考え、選び取るという経験は、「自分には状況に働きかける力がある」「自分の意思で未来を変えることができる」という感覚を取り戻すことにつながります。これは、失われたコントロール感や自己効力感を回復させ、内発的な動機づけを高める強力な力となります。主体的な選択は、単に何かを選ぶ行為ではなく、自己の尊厳を取り戻し、再び人生の主導権を握るための第一歩と言えるでしょう。
トラウマを抱える大切な人の「主体的な選択」をサポートする
大切な人がトラウマからの回復を歩む上で、支援する側がどのように主体性を尊重し、サポートできるかを見ていきます。最も大切なのは、本人の意思やペースを尊重することです。
- 選択肢を「示す」ことの重要性: 回復プロセスや日常生活の中で、可能な範囲でいくつかの選択肢を提示し、本人が自分で選べる機会を提供することが助けになります。例えば、「いつ話をしたいか」「今日の散歩はどのコースを選ぶか」「夕食は何を食べたいか」など、日常生活の些細なことから始めることができます。
- 意思決定を急かさない: トラウマの影響で、思考がまとまりにくかったり、決断が難しかったりすることがあります。焦らず、本人が自分のペースで考え、決定できるよう、十分な時間と安心できる環境を提供することが大切です。
- 本人の意思を尊重する: 支援する側が良いと思う選択肢であっても、最終的に決めるのは本人です。たとえ私たちから見て非合理的に思える選択であっても、まずはその意思を尊重し、その選択に伴う気持ちや考えに耳を傾ける姿勢が重要です。本人の意思が尊重される経験は、自己肯定感を高めることにつながります。
- 「代わりに決める」ことのリスク: 助けたい一心で、本人のために何かを決めてあげたくなることがあるかもしれません。しかし、本人の意思決定の機会を奪うことは、かえって無力感を強めてしまう可能性があります。あくまでサポートは、本人が自分で選び取れるように情報を提供したり、選択肢を整理したりすることに留めるのが望ましいでしょう。
- 失敗しても大丈夫であることを伝える: 主体的に選択することには、失敗が伴う可能性もあります。もし本人が選択した結果、うまくいかなかったとしても、それを責めるのではなく、「選んでみた結果だね」「そこから何を学べるかな」といった形で、経験として捉えられるようにサポートすることが大切です。安全な環境での失敗経験は、次のより良い選択へとつながります。
- 専門家との連携における主体性の尊重: 医療機関やカウンセリングなど、専門的な支援を受ける際も、本人が治療法や担当者について情報を受け取り、自分の考えを伝え、主体的に関われるように促すことが重要です。支援者は、本人と専門家との間の情報伝達をサポートしたり、本人が安心して自分の意思を伝えられるように寄り添ったりすることができます。
支援者のセルフケアと「主体的な選択」
大切な人をサポートする活動は、支援する側にとっても大きなエネルギーを要します。共感疲労や燃え尽きを防ぎ、息長くサポートを続けていくためには、支援者自身のセルフケアが不可欠です。そして、このセルフケアにおいても、「主体的な選択」の感覚は非常に大切になります。
支援活動が義務感や「〜しなければならない」という思いばかりになると、心身ともに疲弊しやすくなります。そうではなく、「私は、大切な人をサポートすることを、自分の意思で選択している」という主体的な意識を持つことが、支援をより持続可能で、充実したものに変える力を持っています。
セルフケアにおける主体的な選択の例をいくつかご紹介します。
- サポートの「範囲」と「頻度」を自分で決める: どこまで、どれくらいの頻度でサポートできるのか、自分自身のエネルギーや他の生活とのバランスを考慮して、自分で意図的に境界線を設定し、それを選択することが重要です。これは、無理なくサポートを続けるために必要な自己決定です。
- 休息やリフレッシュの方法を自分で選ぶ: どのような休息の取り方が自分にとって最適か、どのような活動がリフレッシュになるのかを自分で見つけ、それを実行することを「選択」する意識を持つことです。「休まなければいけない」ではなく、「私は今、休息することを選ぶ」という意識を持つことで、休息の質も変わってきます。
- 相談する相手や方法を自分で選ぶ: 悩みを誰に話すか、どのような専門機関を利用するかなど、様々な選択肢の中から、自分に合った方法を自分で選び取る主体性を持つことが大切です。支援者も一人で抱え込む必要はありません。
- 自分の感情やニーズに気づき、それに応える選択をする: 支援活動中に生じる様々な感情(不安、疲労、怒りなど)や、自分自身のニーズ(休息したい、一人になりたい、話を聞いてほしいなど)に気づき、それらを無視せずに、自分自身を満たすための行動を主体的に選択することです。
これらの主体的な選択は、支援者自身のコントロール感を高め、無力感や燃え尽きから自身を守る盾となります。支援者自身が心身ともに健康でいることが、結果として大切な人の回復を長く、安定的に支える力となるのです。
まとめ:共に歩む主体的な道のり
トラウマからの回復は、受動的に訪れるものではなく、主体的な選択と行動によって切り拓かれていく道のりです。大切な人が自身の回復プロセスにおいて、小さなことからでも自分で選び取る経験を重ねることは、レジリエンスを育み、失われたコントロール感や自己効力感を取り戻す上で非常に重要です。支援する側は、本人の意思やペースを尊重し、選択肢を示すことで、この主体的な歩みを優しく後押しすることができます。
同時に、支援者自身のセルフケアにおいても、主体的な選択は不可欠です。サポートの範囲を決めたり、休息の方法を選んだり、相談する相手を選んだりといった一つ一つの選択が、支援者自身の心身を守り、回復への道のりを共に歩み続けるための力となります。
トラウマからの歩みは挑戦の連続ですが、主体的な選択を重ねることで、大切な人も支援者も、自身の内なる力を再発見し、希望を持って未来へと進むことができると信じています。