トラウマからの回復を支える自己効力感の育み方:大切な人の「できた」を増やす具体的なサポートと支援者のセルフケア
トラウマという困難な経験に直面された大切な方をサポートされている皆様は、日々、様々なご心労を抱えながら寄り添っておられることと存じます。どのように接すれば良いのか、どのような言葉をかければ力になるのか、ご自身の対応が適切であるか不安を感じることもあるかもしれません。そして、そのお気持ちの裏側では、サポートされている皆様ご自身の心もお疲れになっていることと思います。
回復への道のりは決して平坦ではなく、時には停滞や後退を感じることもあるかもしれません。そのような中で、大切な方が再び前向きな一歩を踏み出し、困難を乗り越える力を取り戻していくためには、「レジリエンス」と呼ばれる心のしなやかさが重要になります。レジリエンスを構成する様々な因子の中でも、今回は「自己効力感」に焦点を当て、それがトラウマからの回復といかに深く関わっているのか、そして、それをどのように育んでいくことができるのかについて、具体的なサポート方法と支援者のセルフケアの視点から解説いたします。
自己効力感とは何か
自己効力感(Self-efficacy)とは、「自分はある状況において必要な行動をうまく遂行できる」という感覚、すなわち、目標を達成したり、困難な課題を乗り越えたりするための能力が自分にはある、という「やればできる」という自己への信頼感や確信のことです。これはアメリカの心理学者アルバート・バンデューラによって提唱された概念で、単なる根拠のない自信ではなく、過去の経験や他者からの影響、自身の生理的・情動的状態などを通じて形成されるものです。
レジリエンス、つまり困難から立ち直る心の力と自己効力感は密接に関連しています。自己効力感が高い人は、困難に直面しても「自分なら何とかできるはずだ」と考え、積極的に問題解決に取り組む傾向があります。一方で、自己効力感が低いと、困難を避けるか、すぐに諦めてしまいやすくなります。
トラウマ経験は、しばしば人からコントロール感や予測可能性を奪い、深い無力感や絶望感をもたらします。これにより、「自分は何をやってもダメだ」「もう状況は変えられない」といった考えが生じ、自己効力感が大きく損なわれてしまうことがあります。回復のプロセスは、この失われた自己効力感を少しずつ取り戻していく過程でもあるのです。
トラウマからの回復における自己効力感の役割
トラウマからの回復において、自己効力感は様々な側面で重要な役割を果たします。
- 小さな一歩を踏み出す力: トラウマによって行動力が低下したり、新しいことへの挑戦が怖くなったりすることがあります。自己効力感は、「これならできるかもしれない」という感覚を与え、回復に向けた小さな一歩を踏み出す勇気を支えます。
- 問題解決への主体性: 困難な状況に対して受け身になるのではなく、「どうすればこの状況を改善できるか」と主体的に考え、行動するための原動力となります。
- ストレスや不安への対処: 自己効力感が高いと、ストレスや不安を感じた際にも「自分ならうまく対処できる」という感覚があるため、感情に圧倒されにくくなります。
- 希望の維持: 無力感や絶望感に対抗し、「状況は変えられる」「自分には乗り越える力がある」という希望を保つ助けとなります。
大切な人の自己効力感を育むための具体的なサポート方法
支援者として、大切な人の自己効力感を育むためにできることは多くあります。それは、何か特別なことをするというよりは、日々の関わりの中で、相手の中に「できた」という感覚を少しずつ増やしていく、そのプロセスを共に歩むという視点が大切です。バンデューラは、自己効力感は主に以下の4つの源泉から形成されると述べています。これらの視点から、具体的なサポート方法を考えてみましょう。
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達成体験(Performance Accomplishments):自らの成功体験
- これが自己効力感を高める上で最も強力な源泉とされています。小さなことでも良いので、相手が「できた」という体験を積み重ねられるようにサポートします。
- 具体的なサポート:
- 達成可能な小さな目標を共に設定する: 「毎日散歩する」といった大きな目標ではなく、「今日は玄関の外に出てみる」「〇分だけ座ってみる」など、本人が「これならできそう」と思えるレベルの小さな目標から始めます。目標設定の際は、本人の意思を尊重し、無理強いは絶対にしません。
- プロセスと努力を承認する: 結果だけでなく、そこに至るまでの努力やプロセスを具体的に褒めます。「〇〇しようと頑張ったね」「△△するのを続けていて素晴らしい」など、具体的な行動に焦点を当てて承認します。
- 成功体験を言語化して共有する: 本人が「できた」ことを明確に言葉にして伝えます。「〇〇ができたね」「前よりも△△できるようになったね」と、本人自身が成功を認識できるよう促します。
- 課題を細分化する: 困難に思える大きな課題も、小さなステップに分解することで、一つ一つのステップの達成が小さな成功体験につながります。
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代理体験(Vicarious Experiences):他者の成功体験の観察
- 自分と似たような人が成功するのを見ることで、「自分にもできるかもしれない」と感じ、自己効力感が高まります。
- 具体的なサポート:
- 回復の事例を紹介する: 同じようなトラウマ経験や困難を乗り越えた人の話や書籍などを、相手が興味を持つようであれば、無理のない範囲で紹介します(ただし、相手の状態や関心に合わせて慎重に行います)。
- 支援者自身の経験を共有する(慎重に): 支援者自身が過去に困難を乗り越えた経験などを、相手の状況と安易に比較せず、かつ主役はあくまで相手であることを忘れずに、適度に共有することが、希望や「自分にもできそうだ」という感覚につながる場合があります。
- サポートグループへの参加を促す: 同じような課題を持つ人々が集まるグループへの参加は、他者の回復過程を見る機会となり、代理体験の強力な源泉となり得ます。
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言語的説得(Verbal Persuasion):言葉による励まし
- 信頼できる他者から「あなたにはできる」と励まされることで、自己効力感が高まります。ただし、これは単なる根拠のない褒め言葉ではなく、相手の能力や努力に基づいた具体的な励ましが効果的です。
- 具体的なサポート:
- 肯定的な声かけ: 「〇〇しようとしているね、頑張っているね」「あなたの力になれることはあるかな」など、存在や努力を承認し、前向きな行動を促す言葉を選びます。
- 批判や否定的な言葉を避ける: 相手の無力感や否定的な自己評価を強めるような言葉は避けます。
- 強みやリソースを具体的に指摘する: 相手が自分自身では気づいていないかもしれない長所や、これまでの人生で困難を乗り越えてきた経験などを具体的に言葉にして伝えます。
- 希望を示す: 「少しずつだけど、きっと良くなっていくよ」「私たちはあなたを応援しているよ」など、回復への希望を示す言葉を伝えます。
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生理的・情動的状態(Physiological and Affective States):自身の身体的・感情的状態
- 自身の心臓の高鳴りや手の震えなどの身体反応や、不安や緊張といった感情は、「自分はうまくできないかもしれない」という低い自己効力感につながり得ます。逆に、リラックスした落ち着いた状態は、「自分は大丈夫だ」という感覚を強めます。
- 具体的なサポート:
- 不安や緊張を和らげるサポート: 相手が安心できる環境を作る、深呼吸やリラクゼーションの方法を一緒に試みる、落ち着いて話せる時間を持つなど、心身の安定をサポートします。
- ポジティブな感情を共有する: 楽しいと感じることや、リラックスできる活動を共に行う機会を持つことで、ポジティブな情動体験を増やし、「自分は穏やかな状態になれる」という感覚を育みます。
- 身体的なケアの重要性を伝える: 十分な休息、バランスの取れた食事、適度な運動などが心身の安定に繋がり、自己効力感にも影響することを優しく伝えます。
これらのサポートは、専門的な治療やカウンセリングを代替するものではありません。必要に応じて、精神科医、臨床心理士、カウンセラーといった専門機関への相談や連携を促すことも重要です。自己効力感の育みは、焦らず、相手のペースに合わせて、根気強く寄り添う姿勢が何よりも大切です。
支援者のセルフケア:共倒れを防ぎ、自己効力感を保つために
大切な人の自己効力感を育むサポートを続けるためには、支援者ご自身の心身の健康が不可欠です。サポートされる皆様もまた、困難な状況に立ち向かう中で、自己効力感を維持し、あるいは高めていく必要があります。
- ご自身の「できた」を意識する: 大切な人をサポートするために、日々様々な努力をされていることと思います。その一つ一つが、支援者である皆様ご自身の「できた」という達成体験です。「今日は〇〇の話をゆっくり聴くことができた」「△△という情報を調べてみた」など、小さなことでも良いので、ご自身の行動や努力、そしてその結果(たとえそれが目に見える回復につながらなくても)を意識的に認め、ご自身を労いましょう。
- 達成可能なセルフケア目標を設定する: 「毎日〇分休息する」「週に△回好きなことをする」など、ご自身にとって達成可能な小さなセルフケアの目標を設定し、実行できた時には、その「できた」という感覚を味わいましょう。
- ご自身の感情や限界を認める: サポートの過程で感じる無力感、疲労、不安、時には怒りといった感情は自然なものです。これらの感情を否定せず、「今、自分はこう感じているのだな」と認める勇気を持ちましょう。一人で抱え込まず、信頼できる友人や家族に話を聞いてもらったり、支援者のための相談機関や専門家に相談したりすることも、ご自身の心を守り、自己効力感を維持するために重要です。
- 適切な境界線を設定する: 大切な人に寄り添うことは重要ですが、ご自身の時間やエネルギー、感情の限界を超えて無理を続けることは、共倒れにつながりかねません。どこまでならサポートできるか、何は手放すべきかといった境界線を意識し、必要であれば「今は少し休ませてほしい」と伝えることも、自己効力感を保つ上で必要な自己肯定的な行動です。
大切な人の回復を願う気持ちと、ご自身の健康を保つこと。この二つは相反するものではなく、両立することで、より長く、そしてより効果的なサポートを続けることが可能になります。
まとめ
トラウマからの回復は、長い道のりになることがあります。その過程で、大切な人が再び困難に立ち向かう力を取り戻していくためには、自己効力感という「自分にはできる」という感覚を育むことが非常に重要です。支援者として、達成体験のサポート、代理体験の提示、肯定的な言葉かけ、そして心身の安定への配慮を通じて、大切な人の自己効力感を育むお手伝いをすることができます。
そして何より、この困難な道のりを共に歩む支援者である皆様ご自身の存在そのものが、大切な人にとっての大きな希望であり、心の支えとなっています。ご自身の努力や苦労をどうか認め、セルフケアを怠らず、ご自身の自己効力感も大切にしてください。一歩一歩、着実に歩みを進めていく中で、必ず希望の光が見えてくるはずです。