トラウマからの歩き方

トラウマからの回復を支える「自己調整能力」:大切な人の安定とレジリエンスを育むサポート、そして支援者のセルフケア

Tags: トラウマ回復, レジリエンス, 自己調整能力, サポート, セルフケア, 専門家コラム, 共感疲労

トラウマは、私たちの心と体に深い影響を及ぼすことがあります。大切なご家族や身近な方がトラウマに苦しんでいらっしゃるのを見るのは、ご支援する方にとってもつらく、どのように寄り添えば良いのか、戸惑いや不安を感じられることもあるかもしれません。不適切な対応をしてしまい、かえって傷つけてしまうのではないかという心配もあるかと存じます。

トラウマからの回復プロセスは一律ではありませんが、その道のりを支える重要な要素の一つに「自己調整能力」があります。この能力は、レジリエンス、すなわち困難をしなやかに乗り越える力とも深く関わっています。この記事では、自己調整能力とは何か、なぜトラウマからの回復において重要なのか、そして大切な方の自己調整能力を育むためにどのようなサポートができるのか、さらに支援されるご自身のセルフケアについても専門的知見に基づいてお伝えいたします。

自己調整能力とは何か?トラウマとの関連性

自己調整能力とは、自身の感情や思考、身体感覚、行動などを適切に調整し、状況に適応していく能力のことです。私たちは日常生活の中で、ストレスを感じたり、予期せぬ出来事に直面したりしますが、自己調整能力が機能していると、そうした心身の揺れをある程度コントロールし、落ち着きを取り戻すことができます。

しかし、トラウマを経験すると、この自己調整のシステムが影響を受けることがあります。危険な状況に直面した際に働く心身の反応(闘争・逃走反応など)が、安全な状況下でも過剰に活性化したり、逆に反応が鈍くなったりすることがあります。これにより、感情の急激な波、身体的な不快感、集中力の低下、衝動的な行動、または無力感や解離といった形で現れることがあります。これは、脳や神経システムがトラウマ体験によって変化し、過去の脅威に対して過敏に反応するように「配線」されてしまうためと考えられています。

大切な方が、感情的に不安定に見えたり、突然落ち込んだり、些細なことで過剰に反応したりすることがあるかもしれません。これらの反応の背景には、自己調整がうまくいっていない可能性が考えられます。これらの反応を「わがまま」「甘え」などと捉えるのではなく、トラウマによる心身の自然な反応として理解することが、サポートの第一歩となります。

自己調整能力がレジリエンスを高める理由

自己調整能力は、レジリエンスと密接に関わる心理的因子です。困難な状況下でも、自身の心身の状態をある程度コントロールできることで、圧倒されずに状況を評価し、適切な対処行動を選択する余地が生まれます。

例えば、強い不安を感じたときに、その感情に飲み込まれるのではなく、「これは不安の感覚だ」と認識し、深呼吸をする、場所を移動するなど、心身を落ち着かせるための行動をとることができれば、その不安に圧倒されずに済みます。このような小さな調整の積み重ねが、困難な状況でも「自分は対処できる」という感覚(自己効力感)を育み、全体的な回復力、すなわちレジリエンスを高めていきます。

自己調整能力は生まれつきの特性だけでなく、経験や学習によって育むことができます。トラウマからの回復プロセスにおいて、この能力を意図的に育んでいくことが、安定した日常を取り戻し、将来的な困難にも対処していくための土台となります。

大切な方の自己調整能力を育むサポート方法

大切な方が自己調整能力を育むために、ご家族や支援者としてどのようなサポートができるのでしょうか。具体的なアプローチをいくつかご紹介します。

  1. 安全で予測可能な環境を提供する 心身が不安定な状態にある時、安全で予測可能な環境は非常に重要です。突然の変化や大きな刺激は、自己調整をさらに困難にさせることがあります。

    • 落ち着いた雰囲気で接する。
    • 予定や行動について、事前に伝えておく。
    • 物理的に安全で安心できる場所を確保する。
    • 大声や威圧的な態度は避ける。
  2. 感情の波に寄り添い、共感的な傾聴を行う 大切な方が感情的になっている時、その感情を否定したり、すぐに解決策を提示したりするのではなく、まずはその感情に寄り添う姿勢が大切です。

    • 批判や評価をせずに話を聴く(傾聴)。
    • 「つらいですね」「大変でしたね」など、共感の気持ちを言葉で伝える。
    • 感情の背景にある「自己調整の難しさ」を理解しようと努める。
    • 感情のピークが過ぎるのを、静かに見守ることも必要です。
  3. 身体感覚への気づきを優しく促す トラウマの影響で、身体感覚に鈍感になったり、逆に特定の感覚に過敏になったりすることがあります。自身の身体で何が起きているかに気づくことは、自己調整の第一歩です。

    • 「今、体にどんな感じがしていますか?」など、優しく問いかけてみる。
    • 一緒に簡単な呼吸法や、足の裏の感覚に意識を向ける「グラウンディング」のような練習を試してみる(強制はしない)。
    • 温かい飲み物を飲む、ブランケットに包まるなど、心地よい身体感覚を意識するよう促す。
  4. 活動量の調整と休息のサポート 心身が疲弊していると、自己調整はより難しくなります。適切な休息や、無理のない範囲での活動は回復を支えます。

    • 過度な活動や刺激を避けるよう促す。
    • 十分な睡眠が取れるよう、環境を整える。
    • リラックスできる時間や活動を提案する。
    • 「休んでも大丈夫」というメッセージを伝える。
  5. 小さな成功体験を共に喜ぶ 自己調整がうまくいった小さな経験を積み重ねることは、自信(自己効力感)につながります。「少し落ち着けたね」「今日はよく眠れたね」など、肯定的なフィードバックは次への意欲を育みます。

これらのサポートは、大切な方の状態に合わせて柔軟に行うことが重要です。また、ご自身だけで抱え込まず、専門家(医師、カウンセラー、精神保健福祉士など)に相談し、連携することも非常に有効です。専門家は、トラウマ治療に基づいたより具体的な自己調整スキル(例:トラウマインフォームドケアに基づくアプローチなど)を促すサポートを提供することができます。

支援者のためのセルフケア:ご自身の自己調整能力にも目を向ける

大切な方をサポートされる中で、ご自身の心身も疲弊したり、感情的に不安定になったりすることがあります。これは「共感疲労」や「二次受傷」と呼ばれる状態であり、支援される方自身の自己調整能力も低下しやすくなります。ご自身が燃え尽きてしまっては、大切な方をサポートし続けることが困難になります。ご自身のセルフケアは、利己的なことではなく、支援を継続するために不可欠なことです。

  1. ご自身の心身の状態に気づく 疲労、イライラ、不安、無力感など、ご自身の感情や身体感覚に意識を向けましょう。「今、自分は何を感じているのか?」と問いかける習慣をつけることが、自己調整の第一歩です。

  2. 休息とリラックスを意識的に取る 短時間でも良いので、支援から離れる時間を作りましょう。好きな音楽を聴く、散歩する、静かに座るなど、ご自身がリラックスできる活動を取り入れてください。睡眠時間を確保することも非常に重要です。

  3. 境界線を設定する 大切な方の問題とご自身の問題を切り離す意識を持つことが大切です。全てを背負い込もうとせず、「どこまでが自分の役割か」という境界線を明確にすることで、過度な巻き込まれを防ぐことができます。断る勇気を持つこともセルフケアの一つです。

  4. 感情を適切に処理する 溜め込まずに、信頼できる人に話を聞いてもらう、日記に書き出す、泣く、運動するなど、ご自身にとって健康的な方法で感情を表現し、解放しましょう。

  5. 外部のサポートを利用する ご家族や友人、支援者向けのグループ、カウンセリングなど、頼れる人に相談しましょう。専門家のサポートを受けることは、ご自身の心を守るだけでなく、より効果的なサポート方法を学ぶ機会にもなります。

ご自身の自己調整能力を高めることは、支援する上での困難な感情や状況に対処する力となり、結果として、より安定した状態で大切な方をサポートできるようになります。

まとめ

トラウマからの回復において、自己調整能力は中心的な役割を果たすレジリエンス因子の一つです。大切な方が自身の心身の状態を調整する力を育むプロセスを、安全な環境の提供、共感的な寄り添い、身体感覚への優しい促しなどを通じてサポートすることができます。

そして、この回復の道のりを共に歩む支援者の皆様自身のセルフケアも、等しく重要です。ご自身の心身の状態に気づき、休息を取り、境界線を設定し、必要であれば外部のサポートを利用することは、継続的な支援のため、そしてご自身の健やかな生活のために不可欠です。

回復は、希望を持って一歩ずつ進む道のりです。焦らず、根気強く、そして何よりもご自身を大切にしながら、大切な方の歩みに寄り添っていただければと願っております。専門機関との連携も活用しながら、皆様が穏やかな日々を過ごせるよう、心より応援しております。