トラウマからの歩き方

トラウマからの回復における「怒り」への理解と寄り添い方:大切な人をサポートする際の視点と支援者の心のケア

Tags: トラウマ回復, レジリエンス, 支援者, セルフケア, 怒り

トラウマからの回復における「怒り」への理解と寄り添い方:大切な人をサポートする際の視点と支援者の心のケア

大切なご家族や身近な方がトラウマに苦しんでいらっしゃる時、寄り添い支えたいと願う一方で、どのように接すれば良いか、適切ではない対応をしてしまうのではないか、と不安を感じることは自然なことです。特に、大切な方から怒りや苛立ちといった感情を向けられた場合、どう対応して良いか分からず、戸惑いや自身の精神的な負担を感じることもあるかもしれません。

トラウマからの回復の道のりは、決して平坦ではありません。希望の光が見える時もあれば、再び困難に直面し、様々な感情が湧き上がってくることもあります。その中でも「怒り」は、回復プロセスにおいてしばしば見られる感情の一つです。しかし、この怒りは、単なるネガティブな感情として片付けられるものではなく、回復への重要なサインや力を含んでいる場合があります。

この記事では、トラウマと怒りの関連性について専門的な知見に基づきながら、大切な方の怒りにどのように寄り添うことができるか、そして支援する側としての私たちが自身の心をどのようにケアできるかについてお伝えします。

トラウマと怒りの関連性:なぜ怒りは生じるのか

トラウマ体験は、個人の安全感や自己価値、そして世界に対する信頼を深く傷つけます。こうした極限的な状況を生き延びた後、心の中に様々な感情が残ることがあります。怒りもその一つです。

怒りは、しばしば「コントロールを失ったこと」や「安全を侵害されたこと」に対する自然な反応として生じます。トラウマ体験において、個人は圧倒的な無力感や恐怖を感じ、状況をコントロールできませんでした。その経験が、「二度とあのような無力感を味わいたくない」「自分や大切な人を守れなかった」といった思いと結びつき、怒りとして表面化することがあります。

また、トラウマが不正義な出来事によって引き起こされた場合、その不当さに対する強い憤りや、自分を守れなかったことへの自己への怒りが生じることもあります。怒りは、ある意味で「これ以上、傷つけられたくない」「自分の尊厳を守りたい」という、力強い自己保護のエネルギーの表れとも言えるのです。

怒りは、感情を処理し、再び自己の力や境界線を取り戻そうとする試みの一部である可能性も示唆されています。適切に扱われることで、怒りは困難を乗り越えるための原動力や、自己主張の力へとつながることもあります。

レジリエンス因子としての「怒り」の側面

レジリエンスとは、困難な状況に適応し、しなやかに立ち直る力のことです。トラウマからの回復におけるレジリエンス因子の一つとして、「感情を認識し、適切に表現する能力」が挙げられます。怒りも感情の一つであり、これを無視したり抑圧したりするのではなく、その存在を認め、建設的な形で表現できるようになることは、回復にとって重要なステップとなり得ます。

怒りの感情を通して、トラウマを抱える方は、自身の内側で何が起こっているのか、何に苦しんでいるのかに気づくきっかけを得るかもしれません。また、怒りを適切に伝えることは、他者との健全な境界線を築く上で必要なスキルとなる場合もあります。怒りが、過去の出来事に対する無力感から、現在の状況における「力(エンパワメント)」を取り戻す方向へと向かうエネルギーとなることも考えられます。

支援者として大切なことは、怒りの感情そのものを否定したり、その感情を抱く大切な方を非難したりしないことです。怒りは、トラウマという傷つきから生じた、複雑な感情の氷山の一角である可能性が高いからです。怒りの表面の下にある、悲しみ、恐れ、恥、無力感といった、より深い感情やニーズに目を向ける視点を持つことが重要です。

大切な人の怒りに寄り添うための具体的なステップ

大切な方が怒りを感じている時、どのように接すれば良いでしょうか。いくつか具体的な視点と心構えをお伝えします。

  1. 怒りの感情を「受け止める」姿勢を持つこと: 怒りを「悪い感情」と決めつけず、「今、この方は強い感情を感じている」という事実を受け止める姿勢が大切です。これは、怒りの原因に同意するという意味ではなく、感情そのものの存在を認めるということです。
  2. 安全な空間と時間を提供すること: 怒りが激しい場合、まずは物理的・精神的な安全を確保することが最優先です。落ち着いて話せる環境や、一人になる時間が必要な場合もあります。無理に話を聞き出そうとせず、大切な方のペースを尊重します。
  3. 傾聴に徹すること: 怒りの背景にある思いや感情を理解しようと努めます。途中で遮らず、批判せず、判断を加えず、ただ耳を傾けます。「〜ということだったのですね」「〜と感じているのですね」のように、相手の言葉を繰り返したり、感情を言い換えたりすることで、聞いていることを示し、理解しようとしている姿勢を伝えることができます。これは共感的なコミュニケーションの基本です。
  4. 「I(アイ)メッセージ」で伝えること: 支援者自身が大切な方の怒りによって傷ついたり、困惑したりした場合でも、「なぜあなたはいつもそうなのですか」といった非難めいた「You(ユー)メッセージ」ではなく、「あなたのその言葉を聞いて、私は少し悲しく感じています」といった「Iメッセージ」で、自分の感情を落ち着いて伝えるように努めます。ただし、これも大切な方の感情が落ち着いている時を選び、負担にならないように配慮が必要です。
  5. 衝動的な行動への対応: 怒りが衝動的な言動につながりそうな場合、それを止めるための具体的な提案や、落ち着くための方法(深呼吸、安全な場所への移動など)を穏やかに促すことがあります。これは、大切な方をコントロールするためではなく、大切な方自身と周囲の安全を守るためのサポートです。
  6. 支援者自身の境界線を意識すること: 大切な方の怒りをすべて受け止めようとして、支援者自身が心身ともに疲弊してしまうことは避けなければなりません。自分ができることとできないこと、受け入れられることとそうでないことの境界線を持ち、必要であれば距離を置くことも大切です。これは冷たいことではなく、長期的にサポートを続けるために必要な自己保護です。

支援者のセルフケア:怒りへの対応と自分自身の心を守る

大切な人の怒りに寄り添うことは、支援者にとって大きな精神的負担となり得ます。共感疲労や燃え尽きを防ぐためには、自身の心のケアが不可欠です。

  1. 自身の感情に気づくこと: 大切な人の怒りによって、どのような感情(恐れ、苛立ち、悲しみ、罪悪感、無力感など)が自分の中に湧き上がっているのかに気づくことから始めます。これらの感情は自然なものであり、自分を責める必要はありません。
  2. 感情を安全に処理すること: 自分の感情を信頼できる友人や家族に話したり、ジャーナリング(書くこと)を通して整理したり、一人で静かに過ごす時間を持ったりするなど、自分に合った方法で感情を解放し、処理する時間を作ります。
  3. 休息を確保すること: 心身の疲労は、感情的な対応力を低下させます。質の良い睡眠をとり、リラックスできる趣味や活動に時間を費やすなど、意図的に休息をとることが非常に重要です。
  4. 境界線を明確にすること: 大切な人の怒りに対して、自分がどこまで責任を持てるのか、どこからは専門家や他の支援が必要なのかを明確にします。四六時中サポートしようとしたり、相手の感情に完全に巻き込まれたりしないよう、意識的に距離をとる時間も必要です。
  5. 相談機関を利用すること: 自身の感情の処理が難しかったり、サポートに限界を感じたりした場合は、迷わず専門家(カウンセラー、心理士など)や支援団体に相談してください。支援者自身がサポートを求めることは、決して恥ずかしいことではなく、継続的にサポートを提供するために必要な、賢明な選択です。自身の心身の健康を保つことが、結果として大切な方の回復を長期的に支える力となります。

専門機関との連携の重要性

大切な方の怒りの感情が、ご本人や周囲にとって危険なレベルであったり、日常生活に著しい支障をきたしていたりする場合は、専門機関(精神科医、カウンセリング機関など)への相談を検討することが非常に重要です。支援者だけで抱え込まず、専門家の知識やサポートを得ることで、より安全で適切な回復への道筋が見えてくることがあります。支援者自身が専門機関に相談し、具体的なアドバイスを得ることも有効です。

まとめ:怒りを乗り越え、希望への一歩を

トラウマからの回復プロセスにおける怒りは、複雑で困難な感情ですが、その背景にある傷つきやニーズを理解し、適切に寄り添うことで、回復への重要な力となる可能性を秘めています。大切な方の怒りに寄り添うことは、支援者にとって大きな挑戦ですが、共感的な理解を示し、安全な感情表現をサポートすることは、大切な方が再び自己の力と安全感を取り戻す助けとなります。

そして何よりも、支援者自身のセルフケアを怠らないことが、この長く困難な道のりを共に歩む上で不可欠です。自身の感情を認め、休息をとり、必要であれば専門家のサポートを借りながら、ご自身の心と体を大切にしてください。怒りという感情に向き合うプロセスもまた、レジリエンスを育む一部です。希望を失わず、一歩ずつ共に歩んでいく力が、必ずここにあります。